水子のたたりについて
よく水子がたたると言いますが、そんなことはないですよね?
私自身も半年前に死産していますが、お寺にて供養をして頂いています。
まだ遺骨は手元にありますが、供養して頂いたお寺に永代供養をお願いしましたので毎日お経をあげて頂いていると思います。
私はそれで少し安心していたのですが、とあるお寺(水子供養を中心としているお寺)のサイトを見ると、数々の体調不良や家の不幸は水子供養をきちんとしていないがために起こる と書いてありました。
私はきちんと供養をして頂いていますが、そんな内容を読んでしまったが為に少し不安になってしまいました。
供養の仕方が足りないのではないかとか色々考えてしまいました。
様々な不幸と水子は関係ないですよね?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
そのような事はありません
お子様のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げます。
きちんとご供養なさっているとの事、とても良いことだと思います。充分に供養はできていると考えます。
さて、お問い合わせの件ですが、そのような事はないですし、そのように考えない方が良いですよ。
どんなサイトをご覧になったのでしょう?常識的なお寺さんだったらそのような事は言わないですよ。インターネットは玉石混交。あまり信用しすぎないように。
例えばもし、あなたに体調不良が起こったとします。あなたはお子様の「たたり」だと思うでしょうか?冷静に考えれば、例えば食べ過ぎ飲み過ぎ、夜更かしなど、他にきちんとした原因があるはずです。それを「たたり」だと思う事は、あなたにとっても亡くなったお子様にとっても幸せな事ではありません。供養も大切ですが、体調が悪くなったら「お医者さんに行く」が正解です。
すべては水子のせいではない。
半年前に、お子様が死産されたとのことお悔やみ申し上げます。
体調はいかがでしょうか?
お寺でご供養をなされていることは良きことです。
さて、水子はたたるのかというご質問ですが、祟られるようなことをしかのかとういうことです。この世は、原因と結果、因果の法則で成り立っています。ゆえにすべて出来事には原因があります。様々な理由で、死産されたりします。死産されたことは仕方ありませんが、ちゃんと心からご供養をなされれば、祟られるような(恨まれるような)ことはないのではないでしょうか。
たしかに、巷では、不幸の原因の一つに水子のせいにしているようなことも目にします。もし、何回も水子がある方などは、女性として肉体的ダメージは相当なものであると思います。肉体的な問題を、水子の供養が足りないからというのは、やや無理があります。もちろんご供養はしないよりされた方がいいのですが、肉体のケアが大切だということです。
ご供養の一つには、亡き方との関係です。sanaさんの水子さんとは、本当は親子になるはずだった関係でありその命です。でも、理由があっての死産ですから、今回は、親子になれなかったことに対して「ごめんね」、「再び、縁があったら親子になろうね。」という感覚です。
供養が足りる足りないは、又、別のお話しになりますので、様々な不幸の原因を一概に水子のせいと思わないでください。
質問者からのお礼
ありがとうございました。
これからも大切に供養し、納骨するように致します。
三人目だということもあり、
子育ての責任を考えると今の子たちとともに育てられるかという不安に押し潰されそうになり、初期には中絶も考えました。
しかし、何とかなるだろうとの思いから継続するに至りましたが、結果5ヵ月にて死産になりました。
中絶も考えていたのに、入院中、処置中は涙が止まらず、ずっとごめんねといい続けていました。
いつか天国で会おうね、とも伝えました。
それから数ヵ月は思い出すと泣いてばかりでした。
お寺で供養して頂いてる間もずっと、ごめんね、ありがとうを伝え続けました。
こちらのサイトで使用している『sana』の名前も亡くなった子につけるはずの名前でした。
大好きな名前です。