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苦しみの多い人生を少しでもましにするには?

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有り難し有り難し 17

仏教では生きることは苦しみであると説いていることは、自分なりに仏教を勉強して少しは分かっているつもりです。しかし、去年は私をかわいがってくれた祖母を亡くして愛別離苦の苦しみを味わい、数年前からは、会社の老害である人物に毎日顔を合わせて怨憎会苦の苦しみを味わい、仕事では待遇に見合わない責任を負わされ心労が絶えません。たまには、楽しいと思う事や、うれしいと思う事もあります。しかし、苦しいと感じる事のほうがはるかに多いと思います。ふと冷静になると、こんなに苦しいことばかりで生きていくのが苦痛で、自分のこれからの将来に絶望してしまうことがあります。まだまだ不勉強でわからないのですが、仏教(釈尊)はこういった悩みにどういった回答をされているのでしょうか。最近、年を取ったせいか(まだ31歳ですが)釈尊や阿弥陀如来様、地蔵菩薩様などのエピソードやそのお慈悲を知り、有難さに涙してしまうことがあります。人間の苦悩に真剣に向き合う宗教は仏教だけだと思っています。ご回答お願い致します。

2015年2月18日 22:48

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

後生が救われることが、人間のもっとも大きな救いです。

「後生が救われる」とは「来世仏になることが決まる」ということです。
仏になることが最上至極の幸せですから、仏になることが確定することが現世における最高の救いです。

「人生は苦なり」という言葉は、「六道輪廻は苦しい」と言っているのです。
そして「苦」とは「思い通りにならない」という意味です。
人間に生まれることも地獄へ生まれるも思い通りにならないという意味です。
そんな人生のありかた全てを「苦」とお説き下さったのです。
そんないのちを生きている私に六道輪廻から解脱し仏になることをすすめているのが仏教であります。

浄土真宗は阿弥陀様に全てお任せし仏になります。
いつ仏になるのかと言えばいのち尽きた臨終時です。
だから死ぬこと=仏になると言えます。

ということは今の人生は仏になる前のイントロのようなものです。
今は思い通りにはならないけれども、必ず仏になるいのちを生きていける。
これがもっとも大きな救いであり死ぬことがただの悲しい別れになりません。
死んで去る「死去」ではなく、浄土へ往って生まれる「往生」のいのちを頂いて生きている私はとても幸せです。

仏にならせて頂く大きな安心の中で悩み苦しみながら御恩報謝の生活をさせて頂く。
そんないのちを頂けるのが後生が救われた後の人生です。
とても慶びの多い人生です。

追記:真宗門徒とかどうかは全く関係ありません。阿弥陀様は十方衆生を仏にすると誓ってくださった仏様で、全てのいのちを仏にしてくださる仏様なのです。

2015年2月19日 10:27
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有り難し
おきもち

始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

「出離心」と「菩提心」と「慈悲心」について

ミジンコ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人生、本当に苦しいことばかりが多いように思います・・拙生もそうでございますし、皆さんもそうなのではないかと存じます・・それだけやはり、生きるということは苦しみを伴うことが多いのだと実感致します。

「こんなに苦しいことばかりで生きていくのが苦痛で、自分のこれからの将来に絶望してしまうことがあります。」・・悲観的・虚無的になってしまうのも、もちろん理解できますが、仏教では、まず何とかこの苦しみの世界を厭って、ここから脱したいと望む気持ちを大切に致します。それがまず「出離心」となります。

そして、「出離心」の次に大切となるのが、悟りを目指したいという志としての「菩提心」となります。

この苦しみの世界にいるのは、何もミジンコさんや拙生だけではありません。上記でも述べましたように、皆、「苦しい、苦しい」と喘いでおります。何とかこの苦しみの世界を皆と共に脱して、悟りの世界へと向かうべくに、「菩提心」を起こすことが求められるものとなります。

お釈迦様もそうですが、如来様方や菩薩様方も実は、悟りを開くまで、あるいは菩薩道を歩むまでは、「苦しい、苦しい」と私たちと同じように苦海の中を喘いでこられたのでございます。だからこそ、私たちのように苦しみにある者たちのこともよくよくに理解なされておられるからこそ、心底から何とか救ってあげたいという慈悲の御心がおありなのでございます。ミジンコ様がその慈悲の御心の有り難さに涙なされたのも、当然にミジンコ様の苦しみも我が事のように全て知っておいでであるからでございます。

人間の苦悩に真剣に向き合う宗教は仏教だけではなく、キリスト教ももちろんそうでしょうが、とにかく、仏教では、悟りへと向けてのより善い「縁」をできる限りに調えていくことが必要となります。その悟りへと向けたより善い縁を調えていくための教えが仏教となります。

是非、これからも仏教を学び修していくことを進めて頂けましたら幸いに存じます。共に頑張って参りましょう。

追伸・・まだ31歳、人生これからです。色々な良き出逢いのご縁もまだまだあるでしょうから、是非、前向きに取り組んでいって下さいませ。

川口英俊 合掌

2015年3月1日 15:42
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

釈心誓 様ご回答ありがとうございます。阿弥陀如来様の衆生をお救いなるという慈悲の心は有難いのですが、浄土真宗の門徒でない私でも、救済の対象になるのか心配ではあります。

釈心誓様 追記をしていただきありがとうございます。阿弥陀如来様のご慈悲を励みにしたいと思います。
川口様 前回に続きまたご回答いただきありがとうございます。川口様のおっしゃる通り、考えてみれば釈尊も悟られるまでは我々同様苦しんでおられたはずですね。これからも仏教の教えを学び、これからの人生をより良く過ごせるよう努力いたします。
ご両名様、また悩める時にはよろしくお願い致します。

「苦しい・苦しみからの解放」問答一覧

よく分からないけどとてつもなく苦しい。

大学4年生です。 両親と大学の学費のことで喧嘩をしてしまいました。 と言うのも、これまで何度も親に奨学金で足りない部分を出してもらっていたのですが、とうとうお前に出す金はもうないと言われ、公的機関から借金をすることを検討し、勝手に申し込もうとしていたということがありました。 結局何を言ってあそこまで発展したのかよく覚えていないのですが、母親が、時間帯がもう深夜だったので、もう寝ると言って、部屋を出て行った時、自分は何とも言えない焦燥感と、屈辱感、それと、殺意を抱いてしまっていました。 気付けば手にカッターナイフを持って危うくリビングに突撃してしまう勢いでした。 しかし、階段で思い止まり、自分の部屋に戻ったのですが。 本当に自分でも何に怒って、何に悲しみを覚えて、何に絶望したのか、今でもさっぱり分かりません。 なので、喧嘩している時の感情を文脈を気にせず吐露します。 俺が全部悪い。そんなの知ってる。 いい加減被害者ヅラやめろって? 大学の学費現状払えないんだったら、もう借金するしかないじゃん?何で俺の意見を尊重してくれないの? 俺が苦しむだけなんだからいいじゃん。絶対家族に迷惑かけないようにするから。 お前のこと嫌いでこんなこと言ってるんじゃないって、だったらいつもいつも説教垂れてんじゃねえよ。お前のその汚い心の内を知ってるから嫌いなんだよ、分かれよ。 耳障りなんだよ。もうこれ以上俺のこと責めないで。本当に手が出そう。 もうちょっと時間経ってクールダウンしてしまってるのでまだ思ったことあると思いますが、よく覚えていません。 しかし心がモヤモヤして、人間不信やら、自己嫌悪やらになって今、死んでしまいたいと思うぐらいに追い詰められています。 どうか助けてください。 と言っても、俺の心にはもうどんな言葉も届かないかも。

有り難し有り難し 15
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長男の激昂に苦しいです

希死念慮に飲み込まれそうになりながらも、薬を多量に飲むことでなんとか生きております。 今日は高校1年の息子の事で相談させて下さい。 息子は発達障害グレーゾーンの子です。診断がついていないし、私達も診断をつけて欲しくなかったので、健常者として育ててきました。 小さい頃から私にべったりで、疲れても誰も助けてくれませんでした。普段は素直で甘えん坊の可愛い子でしたが、私と離れる事や私に対してゆずれない事は泣き叫んでいました。どうしようもなく、叩いた事もあります。 学校でいじわるされる事はあってもいじわるする事はなかった。しかし、その分、妹に当たる事はよくありました。 小学6年の頃からでしょうか。少しずつ嘘をつくようになりました。部活をさぼる為の嘘でした。時期が経ってから聞いてみると、「事情を説明したって聞いてくれんかったやろ」と言われてショックでした。息子は私が聞かないと言うよりは主人が聞いてくれないからと言ってましたが、信頼されてないことに気が付きました。 思春期にいう事もあり、どんどん話さなくなってきてますし、適当に誤魔化されてる事も増えてきました。 詳しく聞こうとすると、キレます。 落ち着いているときは、簡単ながらも学校の愚痴や社会情勢の話等話しかけてくれます。私の体調や病気の事も「どんな感じ?」と聞いてくれます。娘に関する悩みも聞いてくれる事もあります。 しかし、イライラをぶつけられ、喧嘩になって殴られたりしたこともあります。「お前も叩くやん」と言って悪びれる様子はありません。私が泣いてしまうので「追い込む気はないねん。俺もイライラしてるときはどうしてもとめれないんや。」と謝ってはくれます。 根は小さい頃から変わらず優しい子なんだとは思うのですが、他人の気持ちの共感が薄いように感じます。「殴られたから殴り返した」とか正論を言って「俺、悪くない」とよく言うようになってきました。 「世の中、色んな人がいる。それぞれに正論がある。自分の気持ちを殺す必要はないけど、折り合う事は大事だよ」と言うと「お前たちだって、俺の意見聞いてくれないやん。我慢してる事いっぱいあるよ」と返されます。 今は息抜きのゲームをしてるときにイライラして「殺すぞ」と怒鳴ったり物を蹴ったりします。 鬱のせいか怖くてたまりません。犯罪者にならないだろうか?虐待する親にならないだろうか?不安です。

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