家族と不倫相手
先日、私の誕生日でしたが、家族からはお祝いもしてくれず、仕方なく私から「どこか食べに行こう」と外食に行きました。ちなみに母の日も毎年何にもありません。
フルタイムで働いて、家事もこなし、毎日家族のために頑張っているつもりですが、母親とはこんなものですか?年に一度くらい感謝されてもと思うのは間違いですか?
実は、最近まで不倫してました。悪いこととはわかっていましたが、ほんとに好きでした。家族のためと思い別れたのですが、これでよかったのか日々考えてしまいます。何のために私は頑張っているのか、完全に見失っています。
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少欲知足!欲する事無く足る事を知る。
今現在寂しく、虚しく何の為に?いきているのかと自分に問いかけておられる様子が良くわかります。
ここで真っ先に気になる事が「不倫」です。
別れたとの事、良かった!所詮不倫は不倫です。例え寂しくとも不倫は悪業になります。
思いとどまり家族の事を考え別れ戻って来た家族が冷たい態度を感じると自分の存在感がたまらなく寂しくせめて誕生日、母の日位はと思われるのは当たり前です。
しかし思う様には行かない。
何故、思う様に行かないのか?それは貴女が求めて期待する心が結果として絶望感、裏切りに似た心が生まれてしまったからです。
少欲知足と言う言葉があります。欲する事無く足る事を知ると言う意味です。
物に対して、例えばお金が欲しいと常に思い生きても切が無く欲望だけが身に付き生きる邪魔にしかならない所詮お金がこの世の便利な道具でしかないのです。また心も同じでこんな事をして欲しい、あんな事をして欲しいと思えば思う程どこまで行っても欲しい欲しいの欲だらけになり終いには己が苦しむ事となるのです。
どんな形であれ皆が命があり健康で毎日を過ごせるならばそして不倫を止めて家族を思いやっぱり帰って来た、たった一つの貴方の家族です。
どうか幸せを掴むのでなく、今ある、感じる幸せを大切にして下さい。
来年は貴女から早めに私の誕生日には皆で食事をと計画してみられてはどうでしょう。
プライドの煩悩
宮沢賢治の、「雨ニモマケズ…」という有名な詩を見聞きしたことはあるでしょうか?
あの詩の主人公は、自分が他人からデクノボウと呼ばれても、他人の役に立てればそれで良いのだと考えています。
つまり、他人から評価されたいというプライドの煩悩がほとんど無いのです。
プライドの煩悩が強いとストレスの原因になります。
で、考えなくてもよいことを考え、気にしなくてもよいことを気にしてしまい、脳の時間とエネルギーを無駄にして、パフォーマンスが落ちます。
他人から評価されたいと願う心は「悪」です。
煩悩に気付くことが煩悩を制御する近道です。
プライドを制御できれば、ストレスを制御でき、人生の幸せが増えます。
質問者からのお礼
厳しい御言葉かと覚悟していたところ、あたたかい回答をいただき、その内容がしみじみと心に響きます。なんだか視界が開けたように、すっきりしました。ありがとうございました。