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他人からの評価、悪口を気にしてしまう私

回答数回答 2
有り難し有り難し 48

私のことを嫌っている人がいます。
昨晩の懇親会的飲み会で、話をしてみようと心に決めて隣に行って挨拶しました。

すると、
「私、貴方の事嫌いだから。はい!お戻りくださーい。行かないのなら私がどっか行きます。」
とはっきり言われて、私は苦笑い。
周りも苦笑い。空気はとっても気まずい感じでした。なので、私はすぐ退散。

向こうは看護師さん、40歳手前。
やはり、人生の先輩なので下から下からと思って近寄りますが、ことごとく跳ね返されます。
職場は違いますが、これから仕事をしていく上で、必ずといっていいほど関わる人です。

どんな対応がベストでしょうか。
もう、はっきり言われすぎて気持ちいいくらいでした。

《嫌われるまでに至った経緯》
私が、その人に相談する。自分の現状について。その人から今の仕事を辞めるよう言われる。しかし、私はこの仕事を目指して9年、やっと掴んだ仕事でした。そう簡単に辞めれるものでもなく、願書出したか?と聞かれて、面倒なので出したと言うた。実際、書きましたが、自分のしていることがアホのように感じて。何のために夢を叶えたのか。そんなに簡単に辞めれるほどの気持ちでこの仕事をしているのか。色々と考えて、願書は出せませんでした。すると、その人は願書が本当に出ているのか、向こう側に連絡をとっていました。出していない事を知り、なぜ嘘をついたのか責めてきました。色々と考えて、出せなかったと伝えれば、怒鳴られました。
私が向こうの親切心を裏切った形になったため、非は私にあります。

もう、関わらない方がいいのでしょうか。ボス的存在で、その人が嫌な噂を流せば一気に広まります。とても厄介な人なのです。

謝りたくて、お酒の力を借りてでも勇気を持って歩み寄った結果がこれで。
なんか、その人の事に悩むのももう疲れました。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

忍辱です

忍辱です。ニンニクと読みます。
食べ物ではありません。
辱めに忍び耐えることです。
これは六波羅蜜という仏道修行の一つです。
ですから修行と思ってください。

その人に言われた事は忘れてください。
頭の中で再生してはいけません。
再生すればするほど心が擦り切れますからね。
忘れる事、何度も思い出さない事、これも修行です。

そもそも、その人のアドバイスが間違っていた事が原因ではないでしょうか?
仕事を辞めろなんて普通は簡単には言えません。
かなり無責任な人なのではないでしょうか。
少なくともあなたに対しては。
そのような人とは今は距離を置いた方がいいと思います。

もちろん嘘をついた事は確かに悪いです。
その点だけは謝りましょう。
1度謝ったならそれで終わりです。
そのあとで、「あなたなんて嫌い!」なんて言われたら、「私の事が嫌いになっても、○○(あなたの所属する部署)の事は嫌いにならないでください!」と笑顔で言い返しましょう。

ニンニク食べてスタミナ付けて、忍辱で頑張ってください。あなたの為に、そしてあなたを必要としている人達の為に。

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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

『お詫び』

投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。

代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。

『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。

大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。

道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。

その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかご質問者様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。

願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道

合掌

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有り難し
おきもち

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