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神社仏閣を参拝しての功徳、ご利益をどう考えればよい?

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質問させて頂きます。ハルソラと申します。

私は約2年前に歩きで四国遍路を結願してから、すっかり神社仏閣巡りが好きになってお遍路以降も巡礼、その他の参詣含め約150ヶ寺、50社くらい行きました。

自分でも驚くほどハマり方で、神社仏閣巡りの中で学びと癒やしを得て、私の人生観はかなり好転しました。

それだけでも素晴らしい功徳、ご利益があったと言えますが、就職はうまくいかず、彼女とは別れ、くだらないトラブルを抱え、金銭的に困窮しています。

神社仏閣の願掛けで掲げるような具体的な開運招福(厄除け、金運、出世、結婚など)に何故か恵まれません。

神仏を敬い、感謝の心掛けを持って、他力本願だけになってはいけない事も分かってるつもりですが、どこか消しきれない邪念があるからでしょうか。

神社仏閣への参拝した功徳、ご利益についてどう考えたらよろしいですか?

ご教授よろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご利益信心から抜け出すこと。

私はかくかくしかじかのことをしたのだから、これだけのご利益を受ける資格がある。こういう考え方をご利益信心といいます。
これは一種の契約関係と似ているように思えてなりません。
何かをしたんだから何かをして欲しい。こんなに一生懸命に功徳を積んだのだから、今世でこの功徳を受ける資格があるのだと、でも現実的には上手くいかないことが多すぎる。
私もかつてはご利益を、求めてまいりました。あの神社仏閣にいけばこんなご利益が頂ける、こんな修法を行じたらかくかく然々の法力を得る。
くだらない修行自慢はしたくありませんが、◯◯秘密大全にある修法を真剣に行じましたが、些かも得ることはありませんでした。自己嫌悪はもちろんのこと、神仏に対する恨み辛みは一様ではありませんでした。
こんなにやっても何1つ叶わない。
失意と落胆。
よくよく考えてください。人智を超えた存在である神仏に現世の自分の都合のいいお願いをする。まさに不遜なり。神仏をその御座より引き下ろすに等しい不遜なことではないだろうか?
何があっても、報恩感謝の祈りに変わった時に、さーと清々しい息吹をいただいたように私は感じました。
そして、神仏とともに今世を堂々と
生かさせていただくしかない私たちなのです。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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おきもち

浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向...
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達磨さんの話しご存知ですか?

拝読させて頂きました。
随分巡礼されてるんですね!素晴らしいです!私もいつか四国回ってみたいんですよね。
ハルソラさんは達磨さんの話しをご存知ですかね??インドの達磨大師が中国に禅を伝えるために渡って来た時、梁という国の武帝という方に謁見しました。その方は、仏教に篤く帰依した皇帝で、寺院をたくさん建立したり、多くの僧を育てたりと仏教の発展にとても貢献してきた方でした。その武帝さんが達磨大師に問いました。「こんなに貢献してきた私はどれだけの功徳があるのか?」と尋ねます。すると、達磨大師は「無功徳」(功徳は無い)とお答えになりました。それには武帝さんはさぞかしがっかりされた事でしょう。
つまり、果報を求め、あれもしたこれもしたといっても、その心が“見返りを求めない純粋な無償の心”でないと真の善行ではないという事なのです。真の信仰は、自らの見返りのない無心な真心の施し、帰依心による祈りである。という教えです。
ハルソラさんが、学びや癒しを得て、人生が好転したのはとても素晴らしい事です。むしろその感謝の祈りを捧げて頂ければと思います。
何でも望みを叶えてくれるのが神社仏閣ではございません。
逆に、巡礼されたり深く帰依する事により、己の純粋たる無償の心を育てて頂く事が、最大の功徳とも言えるのではないでしょうか。

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おきもち

岩手県内陸郊外の曹洞宗鷲連寺にて副住職を務めております。 世の中にはいろ...
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質問者からのお礼

何かをしたから、その対価を求める発想がよろしくないのですね。お二人のご回答ではっと気付かされるものがありました。

我が心を曇りのない純粋なものにしていく為に、神社仏閣巡りを続けて行きたいと思います。

文世さま、三浦さまご回答誠にありがとうございました!

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

お寺様へ参拝後の出来事に不安に感じます 

大変久しぶりに御質問させていただきます。 以前は、まとまらないお話を丁寧に聞いていただき、またありがたく暖かなお言葉を頂き誠にありがとうございました。  現在は精神的にかなり回復し新たな人間関係を築き、元気に過ごすことができております。心より感謝申し上げます。   以前のご相談から、お寺様、神社様によく参拝を行うようになりました。 4/10の質問日には以前から気になっておりましたお寺様にご参拝しました。 その際に、お寺様の中にある、眼病から守っていただける、目の神様のもとにあわせてご参拝いたしました。 恥ずかしながら、神社様とお寺様の違いがよく理解できておらず、ネットで調べた作法でお参りいたしました。ですが参拝時にはお寺様の中に神社様があることもある、ということを知らず、お寺様の作法で神様に手を合わせました。また、焼香も行って良いかわからず行わないで参拝してしまいました。   その後お寺様を後にし、桜が満開で見惚れていたらおそらく桜の蕾か、植物由来のとても小さな異物が目に入ってしまいました。 痛みは目に入った時のみであったことと、つい最近にご祈祷していただいたため、どうしてもお礼を伝えたくお寺様のそばの神社様に参拝したのちに、すぐ眼科に行き異物を取り除いていただきました。    そのため瞳に傷がつくこともなく、念のためにお薬も処方していただくと手厚い対応をお医者様からいただきありがたい限りなのですが、これは参拝方法が違っていて失礼をしてしまったから起こってしまったことなのか、不安があります。   また最近は楽しいことや不安なこと、考えたいことそれぞれが沢山あり、頭の中が騒がしくよく眠れない日々が続いているため、身体に目を向けるべき、といったメッセージのようなものでしょうか、それとも偶然でしょうか。 ご意見をお伺いできればと思います。

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お寺や神社を訪れた際の撮影マナーについて

私は旅をするのが好きで、よく田舎のお寺や神社を巡っています。 写真や動画を撮るのも大好きでよく映像制作もしています。 そのため神社(鳥居)やお寺さんの敷地内、お地蔵さんもよく撮るのですが、 (もちろん撮影OKの場所のみ) ある日ふと、 「神社に入って早々に鳥居やお寺をパシャパシャ撮る行為は失礼なのかも…」と気づきました。 早速調べ、いろいろな記事を見て回りましたが失礼という方もいるし気にしないでいいという方もいて、結局よく分かりませんでした。 一応お寺や神社を撮る前(入る前)は、 「失礼します」という意を込めてお辞儀をしたりなど、写真を撮らせていただくということには感謝させていただいてます。 お坊さんから見て、 (撮影OKの)お寺や神社にきて早々にパシャパシャしている人をどう思われますか? 田舎のお寺や神社は撮影に関して記載がないところの方が多く、書いていないならOKなのかな?と思っているのですが、この認識も良くないですか? また、鳥居を後ろから撮る行為は神様に失礼でしょうか? 調べても出てこず困っております。 やはり良くないのでしたら、もうやめようと思います。

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お寺へ直接相談をしに行くことは可能なのか

先月祖父を亡くし、来月の頭に四十九日を迎えます。 四十九日を迎えるまでの魂は私たち家族のそばにいて見守ってくれているという話を聞いたのですが、その後の魂はどうなってしまうのか、という相談を先日こちらでさせて頂いたところ、有り難いお言葉を頂きとても心が癒されました。 その中の一つに、「魂についての捉え方などでわからないことがあれば、葬儀でお世話になったお寺さんに聞きに行ってみてはどうでしょう」というご意見がありました。 実際に葬儀でお世話になったお寺さんは我が家が長い間お世話になっているところでして、葬儀の終わりに住職さんから「わからないことがあれば聞きに来てくださいね」と言って頂きました。 しかしあくまでそれは法事などの際に何か質問をさせてもらえるということだと思っていたのですが、直接こちらからお寺に出向いてお話をさせていただくということはお寺として可能なのでしょうか? お墓や葬儀についてではなく個人的な気持ちの悩み相談という形になってしまうので、そのようなことでお時間を取ってしまうのは申し訳ないと思うのですが、お寺のほうに電話などで確認を取ることはご迷惑ではないですか? そして、もし直接お話させてもらえることになった場合、お布施というか、何か持っていくべきものはあるのでしょうか。 わからないことばかりで、助言をいただけると嬉しいです。

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菩提寺の般若心経会に参加したい

とあるお寺の檀家です。結論から申し上げますとタイトルの通り、初めて集会に参加する時の心得やマナーなどお答えいただければと思い相談します。 散歩をしている時に偶然見かけ、気になって調べてみたところ毎月一回開催されていることが分かりました。いつも閉じているお堂をその日だけ開放し、皆でお経を読んだ後ご住職のお説法を聞くという内容です。 少し聞いたお話がとても面白く、もっと聞きたいと思い参加しようとしましが、勇気が出ません。お金はどれほどいるか、数珠や経本は必要か、見た感じご年配の方が多く浮くのではないかと心配になりました。 ご住職に直接伺ったところ、お金や道具は特に必要ありません、いつでもお越しくださいとの暖かいご回答をいただくことが出来ました。ではそれで解決したではないかと思われるかもしれませんが不安で仕方ありません。   それは建前でやはり払わなければ失礼ではないか、自分のような仏教をあまり知ず信心深くもない人間が来てもいいのかという思考に囚われ、わざわざ休みを取っていったにもかかわらず引き返すことを3年くらい繰り返しています。 案ずるより産むが易し、とはよく聞きますがとても敷居が高いです。一緒に行ってくれるような友達や家族はいません。ですが一回くらいは死ぬまでに行きたいと考えています。   このようなくだらない質問で申し訳ないのですが、ずっと悩んでいます。お坊さん方は行事の際どのようにされてるか率直に聞きたいと思い書き込みました。

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