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物にも魂?

ふとした疑問です。

言葉には言霊があるといい
プラスなことを言うと
実現に向かったり、、、よい方に向かう
なんて言われたりしました。

それは確かにとは思ったりします。

どうして物にも言霊と同じような
そういうのがあるのかと疑問に思いましたかというと。

人間だれでも、物をいただくということがあると思います。
物でも形が残るものと残らない物があるかと思います。
私は形の残るものでも残らないものでも
いただいたらしばらくもったいなくて使えなかったりします。
でも最近、頂いた物が形の残る贈り物でした。
欲しかった物だし嬉しいし、いつ使おう!なんて
るんるんな気持ちになるのですが、
ふといろんなことを考え始めてしまい
使っていいのだろうか、、、と思うようになりました。
でも使わないと相手の気持ち?に失礼かなとか
物にも失礼かな?って。

言霊のように、物にも魂というか
そういったことがあるのでしょうか?
仏教の世界ではどうお考えになるのでしょうか。
とても気になりました。

その他
有り難し 12
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

唯心造

ものはただそのものです。
言葉はただその言葉の通りです。
「はじめに事実ありき」それが人間のモノを眺めた時の根源的なありようです。
ただし、これはドライな意味としてのものではありません。
者の本源をみるからこそ、そのものの存在の関係性を知ることも同時に知ることが出来ます。
一つの絵画にしても誰がどのような思い入れで描いたのか。
座布団一つ、枕一つにしても、誰がどのような思いで作ったのか。
何気なく使っているスマートフォンもパソコンもイスも電気も本当に本当に素晴らしいものです。
みんな人や天地自然の息吹がそこに吹きこまれているものです。
人間の素晴らしさはあなたのようにそこに思い入れや付加価値や命を見出せる素晴らしい宗教心、感性があることです。
その天然の宗教心とでもいうべき心は、周りとの関係性を感じることによって引き出されます。
反対に、悪い意味で自分を中心に自分の都合で物事を観ると、ものや世界の方から追放されてしまうのです。
たとえは変ですがアイドルの握手会ではファンがアイドルと握手する時は、その時、その瞬間だけは、ひとえにその人の為だけに関わってくれているのです。
いま、ふと、視線を向けたものや思いを馳せたものは、確実にその時そこであなたと関わって下さる最高の贈り物なのです。そこに命ありと言わずして、何と言いましょうか。
そういう血の通った人生を今後も歩んでください。


質問者からの有り難し - お礼

お礼が遅くなりすみません。
回答ありがとうございます。
なるほど、、、と思い、日々考えています。
今後も血の通った人生を歩んでいきます。

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