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亡くなった彼に会いたい。

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有り難し有り難し 106

先月、彼が突然死しました。
もう直ぐ付きあって3年でした。遠距離のためお互いが行き来してました。私に子供がいたため子供優先の付き合いでした。彼の仕事が比較的、自由なため日中家事をしながら毎日電話で世間話などしていました。遠くてもとても身近な存在でした。去年の夏頃から子供の都合もありなかなか会えず、子供にも彼にも申し訳ない気持ちになり別れを告げました。その後もやはりお互いの気持ちは変わらず別れてはいますが前のように話してました。家族の事、悩みをいつも聞いてくれてアドバイスしてくれて愛してくれました。亡くなる2週間前もやはり罪悪感から連絡を断ちたいと彼に伝えました。でも、やはりLINEでやりとりしてました。またいつものように連絡を取りまた変わらぬ日々になるものだと思っていました。
亡くなった次の日、弟さんから知らせを受けました。以前から自分に何かあれば弟から必ず知らせるようにするからと言っていました。その通りになりました。いろいろな事が駆け巡り混乱して、相手のご家族が葬儀にきて欲しいと言われたのに行けませんでした。
あれから毎日、後悔と寂しさと愛しさが込み上げて涙が溢れます。家族の前では泣けないので顔で笑い心で泣いて、1人になると号泣してしまいます。早く夢なら覚めて欲しい。なぜ、私を置いて逝ってしまったのか。側に行きたいとそればかり考えてしまいます。どうしたら彼を感じられるのでしょう。毎日絶望の日々です。
彼の妹さんが励ましてくれます。有難い事です。
もう2度と会えないのでしょうか?
夢のなかでも彼は毎回私の前から居なくなり私が探し回っています。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

一蓮托生

会いたいのは、彼も同じです。

大丈夫、いつも近くで、護ってくれていますよ。

彼を、想い 感じてください。

そして、いつの日か また、必ず 再開出来ます。

必ず、また、あえます。

忘れ無いであげる事が、一番の供養、一番の恩返しです。

再開した時、少しでも多く 少しでも大きなお土産を渡せる そんな生き方をなさる事が、彼が、一番喜んでくれるはずです。

大丈夫、また、必ず、再開出来ます。

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有り難し
おきもち

ラジオ パーソナリティ 『 命の 相談会 』開催 愛知県愛西市 の 大法寺 の住職をしております。 大法寺は、代々尼僧寺院であり、苦しんでいる女性を救い 「 おわりはじまりのてら 」 「 尾張の駆け込み寺 」と、呼ばれておりました。 白龍が住んでいると言われている、樹齢650年の大楠の元に、倶利伽羅不動明王の祠が有ります。 その宝剣で、悪い縁を切って下さると言われ、『 悪縁切り供養 』をしています。 病気、人間関係、依存症、自分の中の悪い想いを 切って下さいます。 縁切りの絵馬に、切りたい縁を書き込み、縁切りのお護りを授与しております。 是非、お参りください。 『 命の相談会 』 を、開催しております。 胸の中にあるもの、だれにも言えない事を、全て吐き出しましょう。 一緒に泣きましょう、一緒に叫びましょう、一緒に笑いましょう。 自坊、ショッピングモール、赤十字血液センター、カフェ、放送局、等で 定期的に行なっております。 日程は、ホームページで、確認してください。 ホームページ www.daihouji.org 『 樹木葬 大法寺 』 『 縁切り 大法寺 』 で検索してください。 緊急の場合 苦しかったら、辛かったら、電話ください、 09066179353

死んでも逢えない

よく後追い自殺を考える人がいます。
家族といえど背負っている業がみな違うのであの世で再開は絶対にできません。
自死、自然死、どのような死に方でも
死後の再開は絶対にないのです。

逢えるとすればあなたの想いの中だけです。想い続けるにはどんなに辛く寂しくても生き続けるしかないのです。

気をしっかり持ちなさい

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

先程、形見が手元に届きました。心臓が張り裂けそうでした。見た瞬間、やはり亡くなってしまったんだと実感しました。出来るなら一緒に逝ってしまいたいと思いますが、自殺だと同じ場所には行けませんよね。お迎えが来るのを待つしかないのですね。一連托生。死んだら同じ蓮の上で幸せになれるよう努力しなければいけないのですね。彼の事は一生忘れないし愛し続けますね。有難いお言葉を胸に刻んでもう少し頑張ってみます。有難うございました。

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