親との関係

小さい頃から父と祖母に泣かされる母を見て怯えて育ちました。専門家曰く「モラルハラスメント」が家庭内で日常茶飯事、母自身も深く傷つき娘の私への影響を何一つ気付きもしませんでした。気がついたら父の怒りを母から私に向けさせ父の罵声を山ほどあびました。母の涙見るよりもマシでした

中学に入りイジメを受けました。親が悲しむと思い一人で耐えて体が動かなくなり両親に話した時「イジメた奴らを殴り返しもしないお前が悪い、金食い虫は死ね」と言われました。38度の熱、止まらない咳、食欲なく半年で15kg落とし…学校休めずぐったりすれば教師から「あんたのせいでやる気がわかない」保健室からは「あんたを休ませる場所ではない。2度と来るな」と言われました。学校に呼び出された親は「あんたのせいで惨めな思いしている」と怒鳴りつけました。中高一貫を中退しました

レイプされた時も警察からは「絶望的な状況だったのだから絶対にせめないで」と言われたのに親はセカンドレイプの嵐。その言葉で自殺図りました。精神科医は「クズ患者せいで俺たち大変な思いしている」と言われました

家庭内は私にとって戦場でした。今やっと研究者によって大学の精神科医すらも見抜けなかった発達障害がわかり未来が拓けたと思いましたが親がカウンセリングうけてくれても「先生は何を持って親子が逆転しているといえるの?」「私達のどこが親としての役割を果たしていないの?」です。母は何でもかんでも私に全てのことを聞いてきて丸投げ状態です。父は自分のことしか見えません(私と違うタイプの発達障害)その負担も親は慮らず私に要求します

発達障害の告知で過去と現在、歩むべき未来がわかり安堵で一杯でした。一方で母は何かにつけて嫌味を言います。母も大変だったはわかりますが先生に禁止されたことを私にしないでほしい。両親ともに理解はなく先生が「自立のために大学へ」「トラウマ治療しましょう」すらも出来なくなりそうで苦しいです
私を大切にしてくれるカウンセラーや予備校の先生がいるのもわかっていますが、発達障害知らずに精神科医から言葉の暴力と飲んではならない薬漬けのまま親の奴隷となって生きたほうがよかったのでしょうか?
「私にはあってはならないことばかり起こった」真実を知って苦しむのも辛い。支えてくれる先生達がいる、という気持ちと死にたい気持ちや絶望の狭間で常に揺れています

有り難し 8
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

行ったり来たり

 こんにちは。お久しぶりです。hasunohaにのる文章って、どこかみなさん個性的ですね。文字の癖も分からないけれど、何となく「あ、この方…」と感じることがあります。
 過日は当てずっぽうで書いてしまってゴメンナサイ。また、そこへもきちんと返答下さってありがとうございました。
 さて、恐らくAYAさんは現在、振り子のように大きく動いているのだろうと思います。前回の「地に足がつかない」という浮遊感と、今回の辛さ。そこを行ったり来たり。まだ解決の端緒についたばかり、なのでしょう?
 ですから、「これからも振れるんだろうな、ブレるんだろうな」と、ぼんやり構えておくのがよいのだろうと思います(結構難しいと思いますけれど)。ご両親だって、前回は「俺たちの方が倍以上生きているのに…」と言ってくださったのに、また以前のような振る舞いがあるのでしょう?それはやっぱり、振れ・ブレです。
 そんな、「あっち行ってこっち行って」を繰り返し、いつかはエネルギーが納まる時が来ます。その間に、もしかしたらケンカとか一人暮らしとか彼氏とか、いろんな事が起きるかも知れません。もろもろあって、親離れしていく(自立していく)のだろうと思います。
 なので、繰り返しますが「これからも色々波があるんだろうな」と構えておくことが大事です。恐らく今は「極端to極端」でしょう。構えなんて形の無いものですから、まずは「ぼんやり構えていればいいや、事が起きてから名付けるつもりでいいや」位に、軽く考えてください。その軽さが、きっと大切なのだと思います。

2年2ヶ月前

大丈夫、あるがまま、おたがい様

みんな完璧ではありません。
あなたも完璧ではありません。
親も完璧ではありません。

でも大丈夫。
絶対に未来は明るい、今は今の現実のまま、あるがままでオッケー。
完璧ではないのはお互い様。

親に何を言われても、ラジオの雑音だと思って聞き流してください。

大切なのは、あなた自身の心の平安です。
辛いときは、「大丈夫、あるがまま、お互い様」と念じてみてください。

2年2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

私の至らないところ多い文章に、またこのようにして回答・ありがたいお言葉いただき本当に感謝しております。ありがとうこざいます。
以下個別返信となります。

願誉浄史さま

「完璧ではないことは皆お互い様」「あるがまま」
その内容に何処かとてもホッとしました。
親も親なりにいままで大変だったのだと思います。故に一人っ子の私に過度の負担があったという事実もカウンセラーが発言しています(母自身は実父と継母の元育ち、実父は母が小学校低学年の時以降大病の連続や失明することの辛さに暴れ、家庭内が悲惨でした。父自身も発達障害、父方祖父母もそうでしたので「人を思いやること」など、人として大切なことに気がつかずここまで生きてきてしまったようです。)
私が辛すぎたあまり、以前ここでも何が言いたいかわからない質問してしまったように、親も親なりに辛いことを抱えて、今も辛い物事も多いのだと思います。
検査結果文章曰く「普通に見えてしまう私」だからこそ親としても頭ではわかっても腑に落ちなかったり、だからこそカウンセラーが「やらないでください」と言ったこともしてしまうのだと思います。

少なくとも私がかつて「こちらでわけわからない書き方の質問した」という反省を踏まえれば(自分の出来なかったことを正当化する訳ではなく、自己内省するということであれば)
親であっても誰であっても「誰もが辛いときに錯乱状態になることもあるのだから、たとえ親であったとしてもその一つ一つが酷いとショック受けたり目くじら立てず、聞き流す」ことも「私を守るため」にも大切だな、とハッとさせられました。
本当に貴重なお言葉、ありがとうございます。

佐藤良文さま

またこのように佐藤さまからありがたいお言葉いただけること、大変嬉しく思います。先日は本当に至らないという言葉では済まない位、錯乱した内容だったのにも関わらず、それを放置せずにお言葉いただき、気がつかせて下さり、その上でまた再度お言葉いただく、という一連のことに感謝してもしきれないな、と思っております。

「ブレるのが当たり前」そう捉えると失望感が減るんだな、意味がすごく理解できます。
検査結果をいただいた6月30日。親の無理解な言葉攻めを朝から受け止めさせられた数日間を過ごした8月下旬。その後、9月に家族皆で引っ越しをした際の(今も同居)沢山の揉め事、父の理不尽な要求(新品のビルトイン食洗機がつけられているのに、今まで使っていた外付けの食洗機も取り付けろ等)に母娘共に泣いたり、またある日はマンション会社に対して怒鳴りつけ続けた父を無理やり止めに入り、相手の方に30分の電話でこちらの趣旨とお願いと父が与えた誤解を解き…負担も多すぎて辛かったこともありましたし、11月には耐えきれずにビジネスホテルに避難した日もありました。
辛いことも多いです。ある意味、発達障害だとわからず薬漬けさせれいた頃よりも辛いな、と思ってしまう瞬間もあります。過去に受けてきたこと、学校でのいじめも親とのやり取りも何もかも、ただ単に「発達障害という脳構造の少数派だから」起こってしまったことばかりであることだとカウンセラーから真実を知らされ、「私が何も出来ないダメ人間だから」というのではないのだな、ただ単なる意思疎通の難しさ故だったとホッとしたりもしました。親にも「普通に見えても、普通よりも過度に真面目な特性もあるから、普通の接し方をしてはならないこともあるのですよ。」と説明して下さりますがやはり友人や親戚、付き合い長い医者から見ても「発達障害だとは全く思えない」からこそ親も受け止められない。だからこそ親の言葉を真に受け「今色々わかったことでやっと支えて貰えると期待したのに、やはり今まで通り親に支えてもらう事は期待してはダメなのね」と言い返してしまうことも多いです。期待してしまうとより振り子のようになりますし、だからこそ期待をも軽くし、まだまだ振り子になるのだろうな、と軽く考えることは理にかなっているのだな、実践しよう、と思いました(実践というと重く聞こえそうですが、本人的には軽い気持ちで、と思っています)

カウンセラーからの指示で本来の予備校復帰要件を満たさず勉強に戻ることへ戸惑いながらも私をきちんとささえてくれる予備校関係者もいます。一方で医学生であったとしてもまだ何処か私が発達障害であることに腑に落ちない気持ちでいるだろうと思われる予備校関係者もいます。
ですがカウンセラー含め、やっぱり私を支えよう、と一生懸命になってくれる人もいる。ビジネスホテルに避難した時、駆けつけてくれた幼馴染もいました。彼彼女たちは私とは似たもの同士な人たちですが、そのような分かり合える人がいて、こちらでも私に対して時間を割いてこうやって回答くださる方がいる。現実の世界で上記のように支えてくれる仲間は不適応も起こしていない(私から見てラッキーな)羨ましいタイプですが大切に守ってもらっていることにも感謝しなければ、とも思います。
振り子のように揺れて絶望しそうな時は、支えてくれる仲間のことを考え、立ち直りっていきたいです。そしていつかは周りにも迷惑かけたり困らせずに生きる道を模索し私なりに過去の辛さを未来へのエネルギーに変換していきたいです。
本当にありがとうございます。感謝しております。

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