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恐怖心にけじめをつけたい

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有り難し有り難し 19

私は過去に結婚を前提に同棲した男性から、暴言、暴力、脅迫といったDV被害を受けました。
別れたあとも、電話やメールなどでの嫌がらせを受けました。事態は収束しましたが、当時は生命の危機さえ感じ、これまでにない恐怖体験をしました。
もう5年以上も前の話です。

それ以来、他人を信用することができず、好きになることも興味を持つこともなくなりました。
必要最低限以上の関わりを持つことが怖いのです。
疎ましく思われたくない一心で、ある時を境に、トラウマやフラッシュバックといった症状は治ったフリ、忘れたフリをしてきました。
実際にフリを続けてきたことや、忘れようと仕事に没頭してきたことで、歳月がある程度忘れさせてくれていました。

しかし最近、あることがきっかけで、突然全てを巻き戻したかのように全てを思い出してしまいました。
恐怖心と過去の後悔の念で一人、涙が止まらない夜があります。
相手はもう私の存在すら忘れているのに、私はこの恐怖を忘れられずに、5年前から一歩も前に進めていません。そんな自分に嫌気がさします。
まだ引きずっているのかと言われるのではないかと、誰かに相談することも躊躇し、また忘れたフリをして過ごすことを選んでしまいます。
どこかでこの思い出と向き合って完全に封印しなければ、ずっとこのまま孤独で、思い出して苦しんでは、簡単に開いてしまうフタをするというくり返しになります。

辛い過去と向き合い、心に決着をつける方法や考え方を教えてください。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

一緒に考えながら向き合っていきましょう

本当にお辛い過去をお話しくださりありがとうございます。実際の被害による痛みや恐怖はもちろんのこと、他者に相談できない悲しみや孤独感もずっと抱えてこられたことと思います。少しずつ共に考えて実践していきましょう。

前提として、トラウマやフラッシュバックについて仏教的にこうした方がよいとか、こう考えるという仏教全体における教義があるわけではありません。回答は僧侶個人の解釈による仏教的なアプローチとなります。それらと臨床心理士やカウンセラーの資格を持った方のアプローチのどちらが有効なのかは私にはわかりません。あなたが必要だと思う方法をとってみていただければと思います。

さて、まず基本的な事柄として「一切は思い通りにならない」という事実があります。ですから記憶のコレはいらないけどアレは残すというコントロールは私たちにはできません。よって方法論としては「記憶の捉え方を変える」、あるいは「思い出す記憶への執著を捨てる」ということになろうかと思います。
おそらくより本質的な解決は後者でしょう。それは「思い出さない」ということではなく「思い出しても問題として扱わず放っておく」というニュアンスです。

しかしながらあなたはトラウマやフラッシュバックにより実際に心の痛みを伴っている事と思います。その原因・本質は何かよく見極めましょう。それは過去の記憶が今も自分を苦しめているのか、過去の記憶を今自分が問題にしていることが今自分を苦しめているのか、ということです。

そんな中であなたはご自身の対処法を「思い出して苦しんでは、簡単に開いてしまうフタをする」と言葉にしてくださりました。言葉にするとこうなるのかもしれませんが、では実際に具体的にはそれはどうすることなのか教えていただけると参考になります。

あなたは恐怖心だけでなく「後悔の念」にも苦しんでおられるとのことですが、あなたに悪いところはありません。「私が付き合わなければ」「ああしなければ」との思いもあるかもしれませんがそれらによってDV等は正当化されません。
そして一切は思い通りにならないという事実に則せば、あなたはその時はそうするしかなかったのです。その自分を責めないでください。

なお、僧侶の回答には字数制限があります。まだ疑問がおありかと思いますのでその際は新規ご質問ください。

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個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

柳原様
ありがとうございました。
せっかくコメントを頂いておきながら、恐縮ですが、もう少し詳しくおしえていただけますか?
私の質問の仕方が悪かったかもしれません。
思い出は、忘れることはできないので、上書きではなく別名保存とした場合、つまりこの恐怖体験と向き合って生きていくための心構えはどのようにしたら良いのでしょうか?
再度助言いただけますと幸いです。

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