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LGBT差別に「反論」することも暴力なのでしょうか?

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ゲイの仏教徒です。
差別に腹を立てることも、煩悩にすぎないことは理解できました。

では、差別に対し、反論したり、抵抗したりすることも、煩悩の一部であり、しょせん暴力なのでしょうか?

「LGBTとその支援者は利権を貪り、多数派から搾取している」
「虹色の運動は、LGBT以外の人間が利権のためにやっており、本物のLGBTは迷惑している」
「虹色の運動は、特定の政治思想に利用されている」
「LGBTは、趣味嗜好に過ぎず、差別されても自業自得」

こうしたことに対し、「それは事実とは異なる」と、私は反論しているのですが、そのたびに激しいヘイト、酷い時には嫌がらせまで受けています。
なるべく感情的にならないように、また「ヘイトにヘイトで返してはいけない」を心がけているのですが・・・

質問なのですが、「反論」や「批判」も、しょせん煩悩の一部であり、やめるべきなのでしょうか?
それとも根気良く「反論」や「批判」をすることは、仏教的にゆるされるのでしょうか?
右の頬をうたれたのなら、左の頬を向けて、沈黙して、耐え忍ぶべきなのでしょうか?

執拗な嫌がらせを受けて、最近、分からなくなって来ています。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

相手を見極めて

間違った意見に反論することはとても大切なことです。
けれども、相手が聞く耳を持っていなかったら、さらに攻撃を加えてくるでしょう。
そこは冷静に判断すべきです。
まずは周囲の理解してくれる人の輪を広げていくことが大切かと思います。
もうよくご存じのように、ちゃんと対処する方法はわかってられるという風に見えますので、応援の言葉とさせていただきたいと思います。

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有り難し
おきもち

高野山真言宗権少僧正。高野山本山布教師心得。高野山大学密教文化研究所研究員...
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冷静に発言するべきかと思います

拝読させて頂きました。
あやまった情報であるならば正確な情報を提示して意見するべきと思います。
いわれなき差別や誹謗中傷に対しては正々堂々と闘うべきかと私は思います。
闘うと言っても冷静に発見することかと思います。
某国会議員の書籍からの非人道的な発言に対しても断固とした姿勢で臨むことが必要かと思います。
あなたを心より応援させて頂きたいと思います。

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おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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 あなたの求めている事は、社会全体が性的マイノリティを理解し受け入れることだと思います。
 でもね、そのために、性的マイノリティ批判に対し反論していたら、周囲の人はどう考えるでしょうか?
 「あいつの前で批判すると、反論され、面倒な事になる」などと思われ、
 「面倒だからわかったふりをしておこう」などということになり、
 あなたの求めているものとは全く違う方向に進んでしまう可能性もあります。
 もちろん声を上げなくては社会の理解は進みませんが、それを批判的な人から切り開こうとするのは困難です。そこは最後です。理解者を集め、そこから出発した方が早いし楽です。

 右の頬を打たれたら、次には打たれないように逃げるが勝ち。悪口は受け取らず、相手にしないようにする。批判は、相手にせず、あなた自身の幸せな道を切り開いていきましょう。

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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
先の炎上騒動は、確かに集団心理のようなものがあって、私もちょっとそれが怖いと思いました。
しかし、私たちを痴漢と同列にならべ、、私のように「ゲイです」と言うことは「パンツを履かずに往来を歩くことと同じ」なる意見(?)が、歴史ある教養人が読むものとされる雑誌に掲載された。
このことは、実は私はあまり腹は立ちませんでした。「やれやれ、またか」と白けてしまったのが正確なところです。
しかし、それを拍手喝采する人々もまた大勢いたんですよね。私はそのほうが、炎上なんかより、ずっと恐ろしかったです・・・
それで沈黙はできませんでした。

Kousyo Kuuyo Azuma 様
ご回答ありがとうございます。
私たちのために、偏見を批判してくれる方々も大勢いて、その方々にはとても感謝しています。
一方で、私たちにネットで酷い言葉をぶつけている人々も、リアルで会ってみると、ごく普通の人だったりするんですよね。
そこを念頭において、間違っていることは間違っていると、沈黙せずに、冷静に議論してゆきたいと思っています。
ありがとうございました。

光禪 様
ご回答ありがとうございます。
おっしゃる通りだと思います。
私も広く意見する時は、批判よりも「説明」を優先するように心がけています。
「私たちは、平等がほしいのであって、優遇や特権を求めているのではありません」
「心の中でなら、あるいは私達の聴いていないところでなら、私たちを嫌悪しても構いません。でもそれを聞かされたら、私たちも傷付くのです」
「私たちが結婚しても、皆様にはご迷惑はおかけしないと思います」
ただ、ちょっと言い訳になりますが、意地悪な人々は、そこに割って入ってきて、中立の方々に偏見を吹き込もうとします。
基本スルーしているのですが、相手にせざるを得ないことも度々なんですよね・・・
それで悩む次第です。
ともあれ、理解者を求めることを優先する、おっしゃる通りだと思います。
それで頑張ってゆきたいと思います。

柴谷宗叔 様
ありがとうございます。
何より、話しを聞いてくれる方々との対話を重視してゆきたいと思います。
やむを得ず、意地悪な人々とも議論になることがありますが。
最近、意地悪な人々から、ひどい嫌がらせを受けて、折れそうになってご相談を書いた次第です。
応援、感謝いたします。

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