この問答を娑婆にも伝える
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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どうでしょうか?
お互い様
拝読させて頂きました。心の痛み苦しみは過ぎ去った後でもその方の心の中に様々な痕跡を残していらっしゃると思います。
自分が受けた痛み苦しみを思えば人が苦しんでいらっしゃる場合にはその方の思いや状況を感じること想像することができるでしょう。ですからその方に対してどのように接していくことが望ましいことなのかを考えて行動することができるのではないでしょうか。
悩み苦しむのが私達人間ですからだからこそお互いを尊重して思いやりながらできるサポートもあるかと思います。
お互い様で皆生きていますからね。
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有り難し
苦しみも実体として有るものではない
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
それは、苦しみも実体として有るものではなく、縁起(簡単には原因と条件)によりあり得ているに過ぎないからであります。
原因と条件次第により苦しみも変化して参ります。
しかし、原因としての無明がある限りは、条件は変わっていっても、色々と苦しむことになるのであります。
川口英俊 合掌
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有り難し