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男性とうまく話せません

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今私は高校三年生なのですが、中学生の時に男子にからかわれたのが原因か、未だに年の近い男性とうまく話すことができません。小さい男の子や大人の男性なら問題なく話せます。

高3の夏頃に、何人かの男子が気を遣ってか積極的に話しかけてくれたのですが、話しかけられたり挨拶されたりするたびに緊張してすぐに言葉が出なくて、そのあとドッと疲れます。からかわれたらどうしよう、私変なこと言ってないかな、と、話している間も話したあとも不安でいっぱいです。

もうすぐ高校を卒業して大学生になります。いつか素敵な男性と出会い、二人で生きていけたらと思っているので、自分の男性恐怖症(?)を克服したいです。大学生になってサークルなどに入ったらやはりスムーズに男性とお話ししたいし、男女分け隔てなく友人が欲しいです。

稚拙な文章で伝わりにくかったかもしれませんが最後までお読みいただきありがとうございます。
なにかいい克服法があればご教授お願いいたします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

男性とか女性と思って話さない

今日たまたま日テレのスッキリの取材がありました。
(明日の朝8:00から放映しますから録画して観てくださいね♡)
私も異性と話すのは苦手です。
普段お話しする機会のない若くて綺麗なお姉サマからのリポーターで緊張度は倍でした。
仏教では「不邪淫戒」という戒律があります。
これは深い意味では「男女の隔ての意識を持つな」という意味にもなるのだそうです。
学生時代にスポーツをやっていた時は男女忘れてやれていたはずです。
自分が男だか女だか。そんな事も放ち忘れて生きている時があります。
観音様は男でも女でもありません。男女オスメス国境出身地職業も飛び越えた存在です。
私もこうして打っているうちにあなたが男だか女だか忘れてしまいました。
人間は、自分の立場をケロリンすると、誰もが誰とでもへだてなく和することができるのです。
「私は万人の友である」釈迦

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

生まれつきのリア充はいません。

誰だって、異性と話をするときは緊張するし、疲れます。異性に対して、自分を格好よく見せよう、という気持ちは、誰にでもあります。まだ10代の梅の花さんなら、当たり前の事です。
何度も何度も話す機会をつくり、慣れていくことによって、スムーズに会話できるようになります。自信満々にみえるリア充の方々も、スタートは全員同じようなものです。

梅の花さんにも、いつかきっと目の前に素敵な男性が現れ、いずれ、その人と二人で暮らしていく時がきます。その時にあわてないように、ご自身が仰るように、大学のサークルなどで友人を増やしていきましょう。

心配しなくても、きっとできます。
このように「悩んでいる」という事は、梅の花さんが前に進もうとしている証拠だからです。
たえず前進しているところに、ご縁は降ってくるものです。

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有り難し
おきもち

浄土宗の佐山と申します。 浄土宗教師の資格を得たあと、10年間のサラリーマン生活ののちに、この羅漢寺にお世話になり、2014年に住職として晋山いたしました。 現在は、「ここより」というサイトの編集長を務めています。 まだまだ悩める道の途中ですが、少しでも皆さまの力となれるよう、がんばります。

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