受験と母親
私は今高校三年の受験生です。
ですが、滑り止めの大学に落ちてしまい、第一志望も落ちてしまいました。
私の家は母子家庭で、専門学校に通う兄と、私立の高校に通う弟がいるため、金銭面で負担をかけさせたくなくて塾や予備校に通わず勉強していました。
金銭面から浪人だけは絶対嫌だ、と心に決めているのですが、落ちたショックが大きすぎて3日間泣き、熱を出して寝込みました。
これから後期試験に向けて勉強をやらなくては行けないのですが、不安が大きくやる気になれません。
甘えていると分かっているのですが、勉強していると涙が出てきて止まりません。
また母に迷惑を掛けてしまう、周りは受かっているのに…と考えてしまいます。
私は母から勉強してなどこれまで一切言われたことがなく、落ちた際もその学校と縁が無かっただけだよ。と励ましてくれましたが、内心呆れているんじゃないか、期待されていないんじゃないかと不安に思います。
文章がめちゃくちゃで申し訳ありません。
こんな私に喝を入れてください。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
まだ呆れられる段階ではありません
私はが学生バイトをしていた時のことです。直属の先輩に高校を中退した実年齢三十路オーバー・見た目スーパー美少女魔女がいました。その美少女(?)はずっとフリーターで生きてきたそうですが、私がお店に入ってから2,3年たってから突然、辞めると言い出しました。むぅ…寂しくなるなぁ(切実)
私は当時、大学で経営学を習っており、バイトもそれなりの立場になるにつれてだんだん売り上げ目標や在庫・消耗品管理にも携わるようになってきた時期でした。かなりのガチバイトでした。そこで、数字のまとめ方や入門的な統計、アローダイヤグラムという作業動線の検証など、経営学部で習ったことをバイトで試してみていました。そんな私の姿を見て、その先輩は「せめて高校の授業内容くらいは修めたい」と考え、通信だか夜間だかで高校卒業を目指すことにしたそうです。
私はそう言ってくれて嬉しかったよりも先に「スゲェなぁ…30過ぎてから高校に行こうと思えるのかぁ…毎日働くだけでも大変なのに、俺がその立場だったら同じこと言えるかなぁ…格好良いなぁ…」と感じました。
人は挫折するから呆れられるのではありません。挫折して、悪態をつくからから呆れられるのです。あの先輩もきっと高校を中退した時は大学受験に負けない、ひょっとしたらそれ以上の挫折感があったのではないかと思います。でも、その挫折を引きずって他人もしくは自分をさげすむようなことは一切せず、逆に全力で今を生きようとしていました。その姿は格好良いだけでなく、まわりの私にも「自分も頑張ろう」という元気を与えてくれさえしました。
金銭面から浪人は嫌…立派な心がけです。それなら、寝ている暇はありませんよ。んなこと考えてないでやる事やりなさい。今時、大学だって学生不足で潰れる時代です。自分の望みに悪態をつかなければ、どこかしら入れます。大学行って、お母さまに楽をさせてあげましょう。
お釈迦さまの言葉を追記しておきます
戦場(いくさ)に出づる
千たび
千人の敵に
かたんより
ひとり
自己(おのれ)にかつもの
彼こそ最上の
戦士(つわもの)なり
(友松円諦『法句経』講談社学術文庫,p.75)