自分のやりたいことか就職か
初めて相談させていただきます。
現在大学3年生です。通常なら就活をして就職をするという流れだと思うのですが、就職することに前向きではありません。
なぜ、回りの学生は就活をするのだろうかと考えたり、人生とはなんだろと考えてしまいます。自分のやりたいことが就職をした先にあるのであれば素晴らしいことだと思います。
私は、今まで将来これやりたいということがなかったのですが、最近になって将来楽曲制作をしたいという自分の気持ちを感じました。
しかし、この時期なので就職をすべきなのか就職をしないで楽曲制作をするのか迷ってます。
人生は自分のやりたいことをチャレンジするのか、就職をしてある程度のお金を貯めるべきなのかわかりません。アドバイスお願いします。
後いつも人生についてだったり哲学的なことを考えてしまうのですが、これは良くないことなのでしょうか?
分かりにくい文章かと思いますがよろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「単なるやりたいことをやる」と「就職する」は、次元が違う
こんばんは。亀山純史と申します。
就職をすべきなのか就職をしないで楽曲制作をするのかは、あなた自身が決めるしかないのです。しかし、それでは取り付く島もない回答になってしまいますので、もう少し、書かせていただきますね。
まず、好きなことをすることは悪いことではありません。でも、好きなことで飯が食えるかは別問題です。ご相談の文面からしか言えませんが、「将来楽曲制作をしたいという自分の気持ちを感じた」だけなら、小学生が「ぼくは将来、野球選手になりたい。」と言っているのと、さほど違いはないように思えるのですが。好きなことを仕事にしていくには、何か「これでやっていける!」という裏打ちされたものが欲しいものです。あるいは、「君ならやっていけるよ。」という信頼ある方からの後押しが欲しいところです。つまり、「単なるやりたいことをやる」と「就職する」は、次元が違うのです。
次に2つ目のご質問について。‟いつも人生についてだったり哲学的なことを考えてしまう”とのことですが、人生について、あるは哲学的なことを考えることの、どこが悪いことでしょうか。私自身も、四苦八苦の中を生きていかなければならない私たちの人生から生まれてくる皆様の悩み(ときには、私自身にも当てはまる悩み)と向き合いながら、ハスノハで回答させていただいております。
そこで、最後に今回のご相談である人生における進路選択に関して言えば、私は「人生には正解はない。」「正解の人生はない。」と思っています。私たちは悩み迷いながら、自らの道を歩んでいます。悩み迷いながらしか、人生という道は開けないのなら、そこに正解の人生などあろうはずがありません。たまたま富を得て、裕福な生活を送ることが出来る人もいます。あるいは、最期までお金に困って人生を終える人もいます。私たちの多くは、前者のように、裕福な生活を望むことでしょう。でも、だからといって、前者の生活が正解の人生と、誰が言えるのでしょうか。人として生まれたことを喜び、そして仏様の教えに出会えたことを喜ぶならば、どのような人生も、それは「受け入れていかなければいけない人生」であり、そこに「正解」と呼ばれるべき人生はないと思っています。
質問者からのお礼
亀山さん、回答ありがとうございます。
人生に正解はないというお言葉とても納得しました。やはり、最後は自分自身の選択ですね。
自分自身の選択を受け入れるようにします。
飯を食べていけるように頑張ります。
ありがとうございました!