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どう生きればいいのか

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有り難し有り難し 12

お世話になっております。コロナの影響でご相談が相次いでいる中、申し訳ありません。
僕は以前の相談でも書かせていただいたことがあるのですが、外見的な特徴(髪、肌、体型などいかにも不健康な容姿)をしています。おそらくhspでの過剰なストレスが原因です。これは非常に大切なことですが、「治そうと思っても治せません」。性質ですから。これらの理由から人から見下されたり、バカにされたりすることが毎日のようにあります。中2までは全く気になっていませんでした。中3になったある日、大人の女性からいかにも気持ち悪いものを見た時のような顔をされました。おそらく、ストレスによる酷い肌荒れです。それから人の視線を気にするようになり、やはり前述した女性のような顔をする人や目で追われたりしました。(ここでよく言われるのは、「お前が見ているから見返してくるのでは?」という疑問ですが、視線を感じた後で見ているので違います。)
いずれ、これらの出来事によって人間不信になりました。大人からは鼻で笑われることもあり、とてもショックでした。大人の本性を見極めてしまったのです。人生を生きていく上では人間関係からは逃れられない。しかし、僕は人間不信です。僕の居場所など何処にあると言うのでしょうか?親さえも信じられない。たまたま縁によって僕という子供の親になったわけですから、愛情を注いでくれるのでしょうが、立場が変わればどうなります?きっと周りの大人達のように僕を見下すことでしょう。
友人も信じられませんし、いつ嫌われるかびくびくしながら毎日を過ごしています。普通は信頼関係を築けるのが本当の友人だと思いますが、人間不信だとそうはいきません。学校で安心して暮らせるために、友人関係を作ってしまっています。
もちろん本当の友人は欲しい。しかし、人間を信じるのがとても怖ろしい。おそらく、傷付きたくないのでしょう。これまで散々傷付けられ、なぜこれ以上傷付けられなければいけないのか...。「どうせまたバカにされる」と諦めムードです。
このような現実を引き受けた後、僕にはなにが出来ますか?どうかアドバイスをお願い致します。
あらかじめ書いておきますが、当然ですが僕の人生はお坊さんの人生とは違います。どうか上記の(hspの身で生まれ、不健康な人間に育ち、人間不信に陥った人生)を想像しながらアドバイスをお願い致します。

2020年5月23日 15:56

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【目的論】

"僕の人生はお坊さんの人生とは違います"
いいえ、一緒です。

そもそも【HSP】に限らず、
発達障がいだろうが、
身体障がいだろうが、
精神障がいだろうが、
学歴や家柄、職業などがどうであろうが、
他の何がどうであろうが、
「だから、自分は人と違う」と思っているうちは、誰がどんな助言をしても手助けしようとしても、あなたはきっと立ち上がらないでしょう。

なぜか?

人にバカにされていたほうが、あなたをバカにした連中を見返す努力や投資をするよりもはるかに労力が少ないからです。ハンデのある自分に理解を示し、特別な配慮をしてくれる人たちに囲まれていたほうがラクチンだからです。

「私はダメです」という看板を下ろし、「私は劣っています」という鎧を脱がないとね。

<追記>
"僕はむしろ前向きなのです"
じゃあ、それでいいんじゃない?
あなたをバカにするのもしないのも、結局は相手の勝手です。
プロジェリアで亡くなったアシュリー・ヘギさんを紹介しましょう。
亡くなる前に、ぜひ会っておきたかった私の最も尊敬する御仁の一人です。https://books.rakuten.co.jp/rb/3740646/
あなたも例外なく【天上天下唯我独尊】なる存在であったと気がつくための一助となれば幸いです。

<追記2>
お役に立てて光栄です。
ところで、アシュリー・ヘギちゃんは、プロジェリアという900万人に1人という確率を見事に引いてしまい、早死にする事が前もって分かってしまい、美しくなっていく友達とは逆にいよいよ老い衰えていく肉体を引きずりながらも、「次に生まれ変われるとしたら、またこの私がいい。」と言い放った。さて、アシュリーちゃんと、あなたや私たちの普段求める、あるいは得ている【満足】の違いは、いったい何でしょうね?どうやら【満足】にも種類があるようだ。

2020年5月24日 0:06
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有り難し
おきもち


最近、【レンタルお坊さん】はじめました。 とりあえず何でも相談してくださ...

質問者からのお礼

転落院さん、回答ありがとうございます。申し訳ありませんが、理解でき兼ねる内容でした。
人間関係については、僕なりに努力しています。最近では今まで距離を置いていたクラスメイトに話かけたりして、何とか仲良くしたいと思っているのですが、やはり人間不信の壁は高く、どうしても「陰口とか言わないよな...」などと考えてしまうのです。
転落院さんのおっしゃっていることは、頭では分かりますよ。現実に対して意味付けをするのは僕ですから、劣等感を作るのも僕なのでしょう。
しかし、他人から数年間毎日のように酷い態度を取られれば、「お前は劣っている」と言われているようなものです。それで劣等感を感じないことなどできるでしょうか?人間はそれほど強い存在なのでしょうか?
ちなみに、「劣等感」を無くすのは容易なことではありません。無くせと言われても、そんな容易なものではないのです。
僕は数年間に渡り、「劣等感」を無くすためだけに仏教やアドラー心理学、哲学を学びましたが、残念ながら今も無くせていません。
なので劣等感を抱えて生きていくしかないと判断し、相談内容では敢えて劣等感を重視せず、人間不信に重きを置いてご相談しました。僕はむしろ前向きなのです。

転落院さん、追記回答ありがとうございます。
アシュリーヘギさんを先ほど調べさせていただきましたが、彼女がなぜ大病を抱えながらあれほど強く生きられたのか、僕は不思議でなりません。彼女はキリスト教信者のようですが、信仰(神)することによって、現実に対して意味付けをしているようでしたね。
改めて、宗教の大切さが分かりました。彼女は人からからかわれたりしても自分は自分、他人は他人、人間は不完全だから仕方ないと割りきっていました。自分がどうしようと相手の心をコントロールすることはできない。自分のやるべきことをやる。アドラー心理学でもそういう考え方があります。
しかし、僕はそれは無理だと勝手に思っていました。相手の心はコントロールできないのは分かってはいますが、やはり腹が立つのです。
しかし彼女を知った今、もう一度頑張ってみようと思いました。アシュリーヘギさんをご紹介させていただき、心から感謝致します。

転落院さん、再追記回答ありがとうございます。「次に生まれ変わるとしたら、またこの私がいい」という言葉が心に深く残りました。大病を抱えているにも関わらず、「生まれ変わるとしたら、また私がいい」と言えてしまうその強さ、今日はアシュリーヘギさんのことが頭から離れず、思い出す度に「すげーな」「なんて人なんだ」と感動していました。
満足感については、僕なりに思ったことですが、僕達は結果を得ることによって満足感を得ようとしているのに対して、アシュリーヘギさんの場合は原因に注目して今あることに満足しているようですね。仏教でいうところの「恩」思想でしょうか。素晴らしい生き方です。
おそらく、アシュリーヘギさんは生涯僕や全ての人に生きる勇気を与え続けることでしょう。改めてアシュリーヘギさんを紹介していただき、ありがとうございます。

「生きること・生きるとは」問答一覧

一番大切なものはなにか、生きるとは何か

夏に初産を控えてる者です。 何度か転職をしながら10年ちょっと、正社員で勤めてきました。 現職では3年ほど前から勤めてきましたが、1年前から徐々に上司の当たりが強くなり、パワーハラスメントに該当すること(無視、暴言)をされ続け、毎朝突然涙がでる、何も楽しくなり、難聴や吐気、生理不順等の体調変化もではじめ、 心療内科に通うようになっていました。 こんな思いをしながら働く意味はあるのか…と密かに転職活動を進める中で妊娠が判明しました。 上司へ妊娠したことを伝えると「体調を気づかうことはできない。周りに迷惑をかけることを謝罪と説明しろ」と言われて 精神的な糸が切れた感覚と身の危険、胎児の命に危険を及ぼされるのではないかと危機を覚え退職を決意しました。 退職を申し出てからというもの、上司の態度はなぜか軟化し優しくなりました。 きっと私を辞めさせたかったんだと思います。 本来貰えるはずだった出産に関する手当を棒に振ってまで退職を決意したのにあんまりだという思いが強くなる日々。 今はお金が惜しくて悔しくて、日々鬱々と過ごしています。 旦那の稼ぎも決して高くはありません。 あわせて毎月大きな税金をひかれ、怖くて怖くてしかたありません。 胎児の安全の為、と考えた結果なはずなのですが、私がもっと割り切って我慢して在職を続けることで金銭を受け取り続けたほうが胎児のためになったのかも…といまさら悶々と考え続ける日々です。 こんな思いをするなら消えたい、死にたいと考えることも増えてきました。 後悔なのか未練なのか怒りなのか。 お金への執着なのか。 自分自身での収入が途切れることも人生で初めての経験なので、申し訳なさと不甲斐なさ、恐怖心もあります。 そして胎児への喜びや夫婦生活のことより お金お金お金……自分への不当な扱い……のことばかり考え涙が出たりボロボロ毎日です。一体私は何をしたいのか。何が大切なのか。 気持ちの持っていき方、割り切り方がわかりません。

有り難し有り難し 14
回答数回答 1

生きることについて

はじめまして。 いつも有難いお言葉をたくさん拝見させていただいています。 私はずっと努力をしてきませんでした。 本当に典型的な弱い人間だと思います。 勉強も運動も何も出来ません。人間関係でも気を遣ったり努力することが出来ず、またとても影響を受けやすい部分もあり性格の悪い人が集まった場所で幼少期青春時代過ごしていたため無意識に自分がされて嫌だったことを平気で人にしてしまったり嫌と思うだろうなということをわざとしたり相手の気持ちを考え大切にするということがどういうことなのかわかりません。いつも自分に対して雑な人にばかり気を使い、優しくしてくれた人チャンスをくれた人には失礼な態度をとってしまいました。今は反省しているのですが、色々な人に迷惑をかけ気持ちを踏みにじり罪悪感でもう死んだ方がいいのではないかと思いました。心が酷く汚れてしまって取り返しもつきません。油断すれば常に周りの人に嫉妬し努力もしてないのに自分ばっかりこんな嫌な目に会うのかと不満でいっぱいになってイライラしてしまいます。まだそばにいてくれる人はいますがその人たちにも過去に自分の考えを押し付けたり陰口を言ったり嫌な気分にさせ傷つけました。もう関わらない方が相手のためになるでしょうか。もう何も楽しめる気がしません。楽しいと感じることがわかりません。自分の好きなことやりたいこともわかりません。口を開けば愚痴かネガティブなことしか話せないので申し訳なくて人に会うことももう辞めてしまいました。気力が湧きません。辞めたいと思っていることもなかなか辞められません。ずっと寂しくて仕方がありません。容量が悪く学歴も何の取り柄もない努力できない私はどうやったらダメな自分から変われるでしょうか?まとまらない文章で申し訳ありません。お手隙の際にご回答いただければ幸いです。

有り難し有り難し 3
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毎日悲しみを感じて生きる人は沢山いますか

毎日悲しみを感じて生きる人は沢山いますか? 当たり前の事ですか? 私は障害者で学問の夢もスポーツの夢も恋愛の夢も叶いません。 経済的自立は奇跡が起こらないと難しく、努力不足というより同じ病気の人なら当たり前のようです。 もちろん家庭を持っても家事育児には体力が足りません。 だから大学受験も就活も婚活もできません。 特にパートナーがいないのが寂しくて悲しくて仕方なく、毎日泣いています。 私のように毎日悲しい人は珍しい事ですか、当たり前にいますか。 若い人は、そんな人はあまりいないのですが、お年寄りなどは、周りがどんどん死にますし、毎日悲しい人もいるでしょうか。 私は希望とは、都合のいい妄想を信じ込む事ではなく、悲しくても現実を生きる暮らしにあるのではないかとこの頃思います。 毎日悲しさを感じる事は異常ですか? 現実を変えようにも、私の努力では、今の医学では、普通は無理なのです。 毎日悲しくても、いいんでしょうか。 自立は無理でも、家でできる仕事があり、それで何か奇跡的にヒットしたら経済的には自立できるかもしれないので、その可能性にかけて仕事はできる範囲でやっています。 ただ、学問の夢、スポーツの夢、恋愛の夢、新しい家族を作る夢は、自分の努力ではコントロールできません。 自分の努力不足でもないのに自分を責めるのはやめようと心がけていますが、失った青春に対する悲しみ、同世代の友達が掴んでいく幸せと自分の違いは生まれつき健康だったかだけで、それを学校の先生からは努力不足と責められてきました。 大人になり、学校の先生は医学的知識が無いという事情があった事に気付きました。 私はずっと先生の言う通り努力不足かと思い、体に鞭打ってきましたが、どうにも治りませんし、医者が言うには当たり前で、精神論で治る訳が無いそうです。 ただ、今まで先生が言うように心さえ成長すれば治るという希望があったのに、それが現実を理解して打ち砕かれました。 だから悲しいのです。 ありえない事を信じるのではなく、現実を見た上で生きるには、毎日悲しい思いが湧いてきても仕方がないように思います。 医学的にあり得ないことを信じていた頃は幸せだったのです。 現実世界を生きるためには毎日の悲しみとどう向き合えばいいでしょうか?

有り難し有り難し 10
回答数回答 2

真剣に生きるとは

真剣に生きるとはどういうことでしょうか。 私には2歳6ヶ月と1歳の娘2人がいます。子供たちにご飯を食べさせて、洗濯物を干して畳んで、子供たちと遊んで、買い物に行って、家族のお夕飯を作って、子供たちをお風呂に入れて、寝かしつける毎日です。 お掃除は苦手なので、お風呂掃除は夫が毎日していて、掃除機かけはお休みの日に夫がしてくれます。たまに私もやります。 ひとりになる時間はほとんどありません。日中は子育てサロンに行ったり、自分の実家に行ったり、お家の中で遊んだり公園に行ったりしています。 毎日同じように過ごしていて、自分が何のために生きているのかわからなくなりました。 というのも、昨日、夫から「真剣に生きてる?真面目に生きてる?」と聞かれたからです。 その瞬間、自分の存在を否定されたような気がして、涙が出て止まりませんでした。 たしかに、日々努力して何かを頑張ってやったり、目標というものはないです。ですが、毎日必死に子供のことやお家のことをやっているつもりでした。 子供たちにイライラしてしまうことがあって手が出そうになったりすることもあります。毎晩、反省しています。 しかし、やっているつもりで、本当はできていなかったのでしょうか。 私は、自分の時間を犠牲にして子供やお家のことをやっているとは思っていません。家事育児は当然だと思っています。 でも心のどこかで、自分は自分の時間を犠牲にしてるのにと思っているのかもしれません。 夫は仕事で夜21時過ぎに帰ってきて、好きなテレビを観て笑っています。 家庭のために遅くまで仕事をして、収入を得てくれているし、家事もやってくれています。 私は何をしたらいいのでしょうか。真剣に生きるとはどういうことなのでしょうか。

有り難し有り難し 6
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