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今後生きていくために

回答数回答 1
有り難し有り難し 7

初めまして。
ずっと悩んできたことを相談させてください。

30代前半の女です。
私は、20代前半に2人とお付き合いしました。ですが、私のこと好きなのかなと思ったり、既婚者であることを隠されただの遊びにされかけたこともあり、キス以上の関係にはなりませんでした。
元々自己肯定感が低いことや、男性を見る目がないこと、恋愛経験がほぼないことがあり、それ以降誰ともお付き合いしていません。

年齢のこともあり、周りの友人は結婚や出産をし、環境がどんどん変わっています。
友人の幸せにも不幸にも正直興味がないのですが、私は何も環境が変わらず、家族以外から必要とされない自分が惨めでしかありません。
どんどん性格も歪んでいますし、友人の幸せ話を聞くことで自分が惨めになることが辛くて友人に会うことさえも渋り、ドタキャンをしたこともあります。

幸せは人によると思いますし、独身者は結婚がしたくて(勿論全員ではないと思います)、既婚者や母親は自由時間や1人の時間が欲しいと感じたり、自分だけでなく家族間や夫婦間のことで悩むこともあり、人は無い物ねだりなんだと思います。
ただ、私は両親が仲が良いこともあり、結婚が幸せだという固定観念に縛られています。

私は性格が歪んでおり、外見にもコンプレックスが強く、この先一生一人で生きていくこと、希望がないまま生きていくのは辛いと感じることがあります。
それでも、死ぬ勇気はないですし、死んで親を悲しませることはしたくないため、この先も生きていかなければなりません。

私はどうしたら自分の性格と外見を受け入れて、自己肯定感を高めることが出来るのでしょうか。

内容が長く、稚拙で申し訳ありません。
よろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

よく解ります

性別は違えど、自分も同じ悩みを抱えて三十代を過ごした経験があります。何より辛かったのは結婚できない事で周囲からの哀れみの目線や、あるいは幸せな夫婦への嫉妬、自分への失望といった大きな葛藤を抱えておりましたので、本当にお気持ち良くわかります。

あれほどの焦燥を持っていた三十がすぎ、四十も終わりを迎え、今五十も過ぎて未だ独身ですが、個人的に有り難いと思えるのは、僧侶という職を得て、それを天職だと思えるようになってからです。

毎日まいにち勤行を通して、あるいは檀家さんの法事、葬儀を通して、他人様の心の安寧と幸せをお祈りさせて頂きました。お陰様で、この歳になり、ようやく「他を羨む」「嫉妬をする」という心から離れることができるようになったと感じております。

これはひとえに形だけでも他者の幸せをお祈りする仏様の真似事をしてきたからなのではないかと思うのです。それでもまだまだ修行が足りず、人を本当に意味で慈しんでいるのか、自問自答をしながら仕事をしておりますし、精神的な辛さを感じることもまだまだあるのですが、そんな時も経をあげ、祈りを捧げることで不思議と心が落ち着き、「ああ、これで良いんだなぁ」と心から思えるのです。お経をあげた、祈ったではなく、祈らせて頂いたと思えるようになったのです。

お話をお聞きする限り、ご両親のことは本当に愛情を灌がれ、貴方様もそれに答えていらっしゃる。ご両親に不幸な思いをさせたくないと仰る心は本当に尊いものだと思います。どうかその尊い心をご両親のみならず、多くの人々に広げられますように。

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有り難し
おきもち

片田舎の真言宗智山派寺院の一僧侶です。宜しくおねがいします。
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質問者からのお礼

持斎様

ご回答頂き、ありがとうございます。
どうしても自分のことしか見れなくなってしまっていますが、見方を変えることも大切だと感じました。

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