40年熟成の自己否定感
はじめまして。
まずは現在の雇用状態は、障害者雇用で嘱託社員という形となっております。
昨年の6月にうつ症状で休職しました。その時の感情に「死にたい」がありました。カウンセリングや自己内省の結果、私の場合は消極的な「生きていたくない」でした。
7月半ばから何とか復職してやりくりしていたのですが、8月の終わりに不運にも帰宅中に交通事故に遭い3ヶ月の休職を余儀なくされました。
11月の下旬に何とか職場復帰しました。しかし、会社が良かれと思い配置してくれた部署の仕事や人間関係が絶望的に合わず、わずか5日で自殺企図に至り警察と消防、訪問看護師さんに保護されました。心が内と外からの圧力で設計図ごと消し飛んだ感覚でした。
現在も「無力感」「孤独感」「絶望感」はありますが、衝動性は無いため比較的安全は確保された状態です。
今回の「死にたい」もやはり「生きていたくない」でした。忘れていただけで、私の中には常に「死にたい」もどきがいるようです。
そんな中で過去に認知行動療法や暴露療法などを受けた資料を振り返り、幾度となく「自己否定」という言葉が出てきました。
本当はずっと前から知っていたくせに「無い」ものとして扱っていた自分からのSOSだと思っています。心が現在進行系で壊れている「今」だから気づいてあげられたとも思います。
今は退職を選択して、「今、自分にしかできない」自分のケアを最優先にしようと思っています。そうしないと一生後悔しそうなので。
具体的には、自己受容とセルフコンパッションを進めていこうかと思っています。
あとは毎日少しでも「自分の力でできた」ことを増やしていこうとも思っています。
追記になりますが、職場の人に対しては相手にはそうせざるを得ない事情があったのだろうと許すことはできますが、恕すには至っていません。
何か「40年熟成の自己否定」を癒やす術があればご教授頂けると幸いです。
長文失礼しました。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分を否定するようなことがあっても、ここはあなたにあたたかい
うつ症状に希死念慮がありますから、死にたい気持ちが起きて、苦しいことだろうと思います。気持ちに霧がかかったようで、晴れない気持ちもあるでしょうね。
職場の部署配置も、まずは あなた本人の意思や希望と一緒に進めていただきたかったですよね。良かれと思うことが、本人への配慮になっていなかったということでは、余計に辛いですよね。
「生きていたくない」という気持ちは、今の状態から解放されたい、抜け出したい、という一歩前進、変化を望む叫びでもあるでしょう。
ハスノハでは、いつでも あなたペースに合わせて、追い込んだり責めることなく、耳を傾けてくれる場所ですよ。
社会が全てではなく、仏様のそばでは、誰もが認められる尊い存在なのです。仏様は、あなたの良さをちゃんと知っていてくださいますよ。
あなたが自分を否定するようなことがあっても、ここはあなたにあたたかいのです。
あなたのことを、いろいろ聞かせてください。癒しは、語り認められることで、安心へと変化していくのではないでしょうか。あなたは、変わっていけるわ。
質問者からのお礼
中田様
温かいご回答ありがとうございます。
自分の事を誰かに語り、受け容れられる事が安心につながるのですね。
ずっと自己否定し続けてきた自分とも思う存分語り合い、受け容れられるように努力していきたいと思います。