もう一人の冷静な自分を消したい
年齢が上がるにつれ、自分のことを眺めて「これやったらおかしいよ」「変に見られてないかな?」などと、言い換えれば理性というべきものなのか分かりませんが、そんなことを言うもう一人の自分がどんどん出てきました。
クラスメイトや友達に聞いたら意外とみんなもあるようで人って結構同じなのかな…とも思いましたが、第二の私は結構行ってる方向が悪くて、「気にしすぎ」の域です。日本人って海外の人と比べて周りを気にする傾向が強いといいますし、この状態が嫌いなのでやめたいと思いましたが、簡単に消せるものではなく、「気にしない!」と思って行動しようとするとそれを気にしてまたぎこちなくなってしまうんです。
どうしたものか…といつも思ってます。お坊さんはもう一人の自分はいたことありますか?思春期特有なんでしょうか(もう思春期の時期終わりかけですが…)
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ご質問ありがとうございます。
誰にも頭の中に魔羅(悪魔)と梵天(天使)がいるのですよ。お釈迦様にも魔羅と梵天がいてよく問答をしていたみたいです。魔羅はいつも悪い方にそそのかそうとしますがお釈迦様がいつも問答で勝っていたようです。梵天はこうしてくださいとお願いしていたみたいで問答はしてなかったかな。
なので気にしなくていいです。
大切なのは頭の中の魔羅と梵天よりも自分の意思ですからね。彼らに言い負かされないようにするのですよ。
魔羅「おかしいよ」
自分「おかしくないよ」
梵天「こうしたらどうかな」
自分「なるほど、それも一理あるね」
あと、気にし過ぎを直すには一度絶対に変に見られる服を着て歩くのがいいです。
それを着て歩いて変に見られているかどうか観察してみましょう。
案外見られていない事実に気がつくものですよ。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます
一度自分ともう一人の自分を解離させて言い合いさせてみるってのもいいかもしれませんね…
変な服着て歩くってなるほど!と思いました。似たようなのですが人から見られてるかも…と気にするくらいなら自分からみんなを観察してみるってのをやってみたことがあります。そしたらみんな意外と同じ人間なんだなーってことがわかって興味深かったです。