ありがとうを受け止められない
久しぶりにhasunohaさんに来ました。年末も休まず働くお坊さんって大変だなぁ…と思いながら、私もリモートをつなげば会社に住んでいるようだったことを思い出しました。
相談内容なのですが、会社に一回りも離れた2週間先輩がいます。
オブラートが分厚くなるまで包んで遠くに投げてから話すような言い方をしても、非常に不器用というか、少し病気を疑うほど仕事が進まない方です。
お陰様で私の方に彼女の分も含めてすべての仕事が回ってくるので、私は自分の仕事と尚且つ他所の人の仕事、そして新しく思い立った仕事をただ日々淡々とこなしております。
これを信頼と呼ぶのかはたまたチョロい社員と呼ぶのかはわかりませんが、そんなわけで「呼べばなんでも解決する」と色々と頼まれ、自分から見てもチヤホヤされていると感じる程可愛がられて(?)おります。
それが特に先輩さんは気に入らない模様です。もうすでにオブラート切らしてしまったので包めないのですが、私に突っかかってきます。
私もつい正論で返してしまい、彼女も返す能力がないので、コテンパンにしかけてしまう自分が嫌になってそっと引きます。
そんなことが続いて1年、今日もまた一人で大掛かりな仕事(本来であれば先輩さんが私に指示を出し半分以上の仕事を任されるべき部分があるんですが)をとりかかっていまして、進捗率は70%。彼女が私に声をかけてきました。
「あのそれぇ、ありがとうございます~。あと電話あったんで掛けなおしてください」
私は普通に「は……い」と答えました。よく「旦那からねぎらいの言葉が欲しい」等あると思うのですが、きっとどんなに中身が無くても「ありがとう」といわれると、普通嬉しい気持ちになったりするんだろうと思うんです。普段は私だってそうです。
でも私はその時に思ってしまったんです。
『いや~…何もやってない人のありがとうの内容なんてある訳ないじゃないですかヤダー、ていうか労いの言葉はいいから働いてくだされ』
…うーん、最低ですよね。じゃあ彼女は私になんていえばよかったのか、と聞かれると、…次のスケジュールに彼女自身が含まれていることを主張してくれること以外にないですし、それは…諦めている自分もいます。
もうどうしたら素直にありがとうを受け止められる人になれるんだ~!?愚痴しか出てこないですー!!教えてくださいお坊さん!!
創作活動もしています。普段はOLです。 何をもって普通なのかちっともわかってないのですが、とりあえず普通でありたいと思っています。 母と二人暮らし。親友と呼べる友達もいて、嫌なことも辛いことも嫌いな人も沢山あるけど、毎日それなりに楽しいと思って生きています。 4年くらい前に仕事が原因で自殺未遂を図りました。色々な人に迷惑をかけて、自分も体が痛くて、自殺して良かったことなんて一つもないのを痛感して、今に至ります。
自分の普通を押し付けてしまう 常に他人より幸せと思いたい
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有難しは…
拝読させて頂きました。
あなたがそのように会社の中でお仕事しているならばその人に対して、ありがとうとは気持ちの言葉も態度の面でもなかなか受けとめられなくなってしまうのも無理からぬことです。人は万能ではありませんからどなたに対しても素直に心から認め尊重してありがとうと言えること或いは受けとめる気持ちを持つことは難しいと思います。
またありがとうの中身も実は人によりその状況により千差万別かと思いますよ。本当に九死に一生を得るような思いで感謝の気持ちから出てくるものもあれば、社交辞令であいさつ程度の気持ちでありがとうとという場合もあると思います。
それ位天と地ほどの差があるのも否めないと思います。
本来ならなありがとうは「有難し」ですからこの上なくなかなか得難くないものですので尊きことという意味でしょうが、実際の生活では何でもあって当たり前に思ってしまうので日々の生活では実感がわかないものです。
水も空気も食べ物も本来なら与えられて全てが有難しですけど毎日の生活ではあって当たり前頂いて当たり前、食べられて当然になってしまうのと同じです。
ですからその人に対してというよりはあなた自身が日々の生活を見つめ直してみることから始まるのではないでしょうか。
今与えられているものごと全てがありがたしですからね。
もしかしたら一息おいてみて自分自身を見つめ直してみるとその人に対する思いも変わってくるかもしれませんし、その人に限らずあなたを取り巻く多くの方々への見方も変わってくるかもしれません。
人は独りでは生きていけませんし、周りの方々に大なり小なり支えられて助けられて今生きて存在していますからね。
ゆっくりと見つめ直してみて下さいね。慌てることはありません。あなたがこれからの生活をゆっくりと見つめていきながら周りの方々を尊重なさりお互いを思いやり、素直なお気持ちで「ありがとう」を受けとめて自らも「ありがとう」と言えるようなお気持ちで生き抜いていかれます様心よりお祈りさせて頂きます。
質問者からのお礼
東 好章 様
お返事ありがとうございました。
質問を投稿した時は、自分の中でもわけがわからず、他のことを理解できるような余裕がなかったので、少し時間をおいて拝読させていただきました。せっかくお返事いただいていたのに、お返しが出来ずに大変失礼いたしました。
あって当たり前、食べられて当たり前になってしまっている、というのは、私も拝読して初めて気が付いたのですが、その通りでした。仰る通り、その他小さなことから大きなことまで、そういうものだと思って「有難し」と考えたことがないものはたくさんあります。
それに、こうして愚痴っておきながら、私も社交辞令で「ありがとう」という機会があります。
言われないと気が付かないような生活をしていますが、見つめなおすとあちこちに自分のキャラクターを売っていて、自分一人の為に針のむしろのような生き方をしているなと、一人きりでどうしようもない人生を走っているつもりでいたな、と、拝読してから思いました。
お礼に言いたいことが山ほどあって、文章にまとめることが出来ずすみません。
これまでに仕事以外でも色々あって、大人の意見が言えるようになった年頃からそもそも人に下心なくお礼を言う機会がほぼなく、勿論支えられて生きているという発想自体も形式的に受け入れている感覚でしたので、物語の世界にはあってもそういう風に言っていただける方は世の中にいないのではないかと考えておりました。
本当にありがとうございます。
頂いた返信をずっと胸に抱いて、これからも頑張っていきたいと思います。