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ご先祖様のご加護について

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有り難し有り難し 16

ここ2年間、夢の実現の為に人生をかけて試行錯誤を重ね努力してきたことがあります。
しかし、達成実現を目前に全てが無駄になるような出来事が起こってしまいました。

努力の間、お仏壇に手を合わせご先祖様、仏様に、日々の感謝と願いを捧げていました。
その為か、努力の時も、挫折を経た今も「思し召し」と思えるメッセージを目にすることが多々起こっています。

ですが、どうしても「いくら頑張ってもなぜ報われないんだ」という気持ちがとにかく大きく、離れて住む母に毎日あたるようになってしまいました。

こんな自分ではご先祖様に見放されると思い、昨日ひとりでお墓参りに行ってきました。ですが墓前でも心を鎮められず、より自暴自棄な心が湧いて、ついにはご先祖様にまで向けそうになっています。

いくら厳しい状況でも、自分が今いかに恵まれているか、感謝すべきかを理解しているのに、どうしても絶望に支配されてしまうことが日々本当に辛いです。

自分が頑張っている姿を家族や仏様に見守ってきてもらってきていたのに、
ここにきて自分の一番醜い姿で敵意を向けてしまっている今、
今後どのように立ち直り、償っていけば、また当初の夢に向かっていくことが許されるでしょうか。

「今の状況に感謝を忘れず、日々の行いを正し、人に優しく謙虚に過ごすこと」という基本的なことができなくなっていて生きづらいです。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私の願いと仏様の願いの違い

ご相談拝読しました。夢の実現へ向け努力をされているとのこと誠にご苦労様です。そしてそのような中で挫折を経験されたとのことお気持ちお察しいたします。

そのような時に人に当たってしまったり絶望に支配されたりと醜い姿になってしまうことはある意味当然です。そのくらい夢への気持ちが強く、努力も大変だったのでしょうから今の状況はその裏返しであるのでしょう。

しかしながらそのことをご先祖様や仏様にあたるというのは筋違いなのです。なぜならばご先祖様や仏様は私たちの個人的欲望を叶える存在ではないからです。ご先祖様や仏様が「見守る」というのは災いを除き福を招くということではありません。私たちの信心(真実を求める心)を守ってくださるのです。

仏様の教えはこの私の一番醜い姿こそが目当てです。煩悩に燃えさかるこの私にそのことをいよいよ目覚めさせようとはたらいてくださっています。ご先祖様はその命の終わりを通して、同じく限りある命を生きる私たちに真に生きる意味を問う姿勢を促してくださります。

仏様もご先祖様も、けしてこちらが感謝したり祈ったりお参りしたりすることの対価や引き換えとして欲望を叶えてくれる存在ではありません。それはどこまでもこちらの都合です。

世界は私たちの都合に関係なく、原因と結果の無限の連鎖で回っています。起きることには必ず原因があり、それは人間の都合でコントロールできるものではないのです。

無理に自分を理性的に押さえ込むことも苦しいでしょう。今は自暴自棄になっても仕方ないのかもしれません。しかしそれでは結局それが原因となってまた自分が苦しむ。

そのことに腹の底から頷けたらまた新たな歩みが始まります。その時、真実を求めて生きんとするあなたの信心を仏様やご先祖様が加護してくださるでしょう。都合が叶おうと叶うまいと、本当に満足して生きるとは何か、あなたは求めているのです。

仏様は真理・真実の法則に目覚めた方で、それを私たちにも目覚めさせようと願い、あの手この手ではたらきかけてくださります。不安や悲しみや迷いは実はそのはたらきと私たちの呼応です。

このたびの挫折をご縁として是非仏教を学んでみましょう。きっとあなたの歩みを実りあるものにしてくださいます。

もちろんあなたの個人的な夢の実現も念じております。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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