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自分大好きな恋人との関係

回答数回答 1
有り難し有り難し 3

こんにちは。
初めてご相談させて頂きます。

私には将来の話もしている恋人がおります。その彼に対して、最近なんだかもやっとしてしまいます。

私は「ありがとう」と伝えることが関係を円満にすると考えており、なるべく伝えようと思っていますし、彼も毎日仕事などで大変だよなと思うので一緒に居られるだけで幸せなこと、と思い不満等は言わないよう気をつけていました。

しかし、彼は私に対して「俺はメンクイだけど○○(私の名前)はそういうので選んでない」とか、外出した際に食事やサービスに「期待しすぎた。こんなもんか」等わりとネガティヴに評価することが多いです。
私は一緒に居られれば例えばファミレスでも楽しいです。
でも文句を言われるとどう反応して良いのか、楽しくないか…と落ち込んでしまいます。

先日私が「好きだよ」と言ったところ「嘘でしょ。だっていつも文句ばっかり言ってるじゃん。」と言われてしまい、とてもショックでした。
私は愚痴や文句を言っていないつもりでしたが、気づかないうちに言っていたのか…と。でも、考えても記憶にありません。それより、彼の方がいつも愚痴や文句を言っているじゃんと思ってしまいました。

時には、素敵な食事に連れて行ってくれたり、お洒落して出掛けることはありますが、私を喜ばせようと考えるより「自分が行きたいんでしょう」と思ってしまいます。実際私が行きたいと言う場所には行きませんが、彼が行きたいお店は予約しても行きます。

「私のことどこが好きなの」と聞いたところ「一緒にいて楽しいこともある。一緒にいて楽だから」と言われました。
なんだか涙が出てきてしまいました。

でも、たまに「俺のこと嫌いになった?ごめんね。○○のこと困らせたくない。かまって!」などと甘えてきたり、LINEの連絡は常にたわいのない内容ですが向こうから送られてきます。(仕事早く終わらないかな。とか、あいたい。等)

みんな自分のことは大事ですが、それでも他人同士が一緒にいる以上、お互いに努力や感謝の気持ちは忘れてはいけないと思っています。

私は今、私から彼への気持ちが冷めてしまうのがとてもこわいです。

どうしたらこの関係を修復というか、うまくやっていけるでしょうか。
支離滅裂な文章になり大変お恥ずかしいですが、アドバイスを頂けると大変嬉しく思います。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

彼の文句に同意しないあなた

彼がつけるケチにあなたが同意しないことを以って、あなたが文句をいっていると受け止めているのかも知れません。
さて、あなたが「ありがとう」と口にしていることを知り私はとても幸せな気持ちになりました。
ありがとうは「有り難う」です。有ることが難しいという「極めて稀でもったいないことだ」という意味です。
あなたのお人柄の良さがよく伝わってきます。
将来について考えている恋人がいるなら次のことを考え話し合ってみてください。

苦労を分かち合えるか

この人と一緒に苦労をしたい
そう考えられるならお互い真剣にお付き合いを続けたらよいでしょう。一緒にいて楽しいとか楽とかというものは恋人の時だけです。人生には辛く苦しいことが必ず待っています。それを二人寄り添い乗り越えていこうとする、これが結婚をする意味です。

幸せになりたい相手より
一緒に苦労したい相手を探しなさい。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

アドバイスに涙が出ました。
彼と一緒にいられることは「有り難い」ことなのだと、忘れていた気持ちを思い出しました。

彼と、お互いに「この人と苦労を楽しめるか?」をきちんと考え、話し合おうと思います。
まだまだこれからですが、少し気持ちが楽になりました。
有り難うございました。

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