怒り憎しみ恨み
こちらで何度かご相談させていただき少しずつ心が前向きになってきた気がします…
ですが、不倫した夫、相手の女性に対しての怒りや憎しみ、恨みは全く消えません。自分が納得行くまで夫と女性から謝罪の言葉や誠意を見せてもらえなかったのも原因だと思います。ひどい言葉もたくさん受けました。
他の方の質問等で、怒り・憎しみ・恨みは、自分のストレスになるだけ。そんな感情を持つより自分が幸せに…とお答えしていらっしゃるのをよく見かけました。
ですが、どうしても忘れたくてもされた事を思い出し、心がドス黒い感情になってしまいます。自分では、夫を愛していた分の愛情そのものが怒り憎しみ恨みに変わってしまった様に感じています。
不意に今、自分がどんな感情なのかわからなくなる時があります…
裏切られた事を受け入れられず、きっとまだ吹っ切れていないのでしょうね…それだけ愛していました…ですが、私と子ども達をこんなにも悲しませ、辛い思いをさせた2人をどうしても許せません。
私は、これから怒り・憎しみ・恨みが消せないでいたら不幸になるのですか?忘れたくても忘れられず、この感情を踏み台に必死に生きて行こうとする考えは間違っていますか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ああはなりたくない、そう思ってはいかがでしょうか
こんにちは。
前回も御縁ありました。
前回は、ご主人の「不倫」と結果的に「離婚」に至ったことについて、自らに責任を感じていましたね。私は、責任を感じる必要はない、「離婚」は新しい幸せの為の第一ページなのです、あなたが再び愛情の望む形を手に入れるための、とアドバイスしました。
今回は、「不倫した夫、相手の女性に対して」の「怒り・憎しみ・恨みが消せない」というご相談のようです。あなたは、Hasunohaの同カテゴリーの質問と回答を見て、「怒り・憎しみ・恨みは、自分のストレスになるだけ。そんな感情を持つより自分が幸せに」というアドバイスを受けて実行してみようとしたけれど、「ドス黒い感情」がますます意識されてきて・・・という状態なのでしょう。
では、違う角度から私の意見を述べます。
忘れましょう、気をそらしましょうとはいいません。
そもそも、「怒り・憎しみ・恨み」を消す、というのは方法として適切な筋道でしょうか。
人間は、一定の常識感覚や物事の有るべき道理を忘れたり、消したりすることは出来ません。嘘をついてはいけない、人の立場を考えるべきだ、相手の心を踏みにじっていはいけない等々の常識、道理はその人を形成するそのものです。それをなくしてしまったら、その人はその人でなくなります。つまり、あなたがあなたでいる限り、その常識・道理を手放すべきではないし、従って消す必要もないのです。
無理して忘れたり、消したりする必要はない。
では、どうするか。
視点を変えるのです。
あなたは仏教の価値観を学びたいと思いますか。
人は、物事を自分中心で考えます。
自分の都合に合致するように行動し、自分の都合通りの心地よさを最上と考えて疑問を持たない傲慢さがあるのです。その自分中心の極の一つが「不倫」なのです。自分の家族よりも、相手の家族よりも自己中心の満足を優先させたその心の持ち主が「不倫した夫」であり、「相手の女性」なのです。
「納得行くまで夫と女性から謝罪の言葉や誠意を見せてもらえなかった」と書いていますが、その自己中心の極に耽溺した当人たちが、あなたという人の心を繊細に慮り言葉を尽くすことがあり得ると思いますか。
かの「餓鬼草紙」の餓鬼のように、常に飢餓にあり、食すれども栄養失調で満たされない姿を見て、ああはなりたくない、そう思ってはいかがでしょうか(字数制限)
質問者からのお礼
釋 悠水様
前回も釋様のお言葉にとても救われました。少しずつ前を向くことができています。今回は、怒り憎しみ恨みについての回答ありがとうございます。
確かにあの2人の様に、何度も嘘を重ね家族を裏切り幼い子ども達を悲しませている様な人にはなりたくありません。私とあの人達は、考えも行動も全て違う考えの人なのですね。そう思うしかないのかもしれません。他人として割り切る事ができる日を待ちたいと思います。