hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

父の死

回答数回答 2
有り難し有り難し 23

実家で火災があり家が全焼、昼寝をしていた父が亡くなりました。

祖母と後妻さんと暮らしていた父。後妻さんの手前、会うのは年に数回でしたが、今年息子が誕生してからは毎月会っていました。

気性の荒い父でしたが初孫の誕生を心から喜び可愛がってくれました。ただ私がコロナを非常に警戒していた事もあり、抱く時はマスク二枚重ね必須。差し入れを持って家まで来てもらったにも関わらず抱かずに帰ってもらう事もありました。息子にキスしようとした父に『やめて!』と怒った事もあります。

まさか父がこんなに早く、しかも突然亡くなるなんて。息子が生後半年を迎える5日前に亡くなってしまいました。『今忙しいから』と言って数十秒で電話を切ったのが最後の会話です。

母との離婚を通して精神を病み、いつも声を荒げていた父ですが、孫の前では常に目尻が下がっていました。ここ数十年見たことのない笑顔は昔の優しかった頃の父でした。なので今思い出すのは笑顔の父ばかりです。

息子の成長をもっと父に見せたかった。私も親になりようやく父の苦労が分かり始めてた矢先にこのような事が起こり涙が止まりません。父と息子の写真は3枚のみ。しかも全てマスク着用。家が全焼してしまったので遺影がこのマスク姿のものしかありません。

なんであの時マスクを外して撮影しなかったんだろう。なんであの時息子を抱かせてあげなかったんだろう。ぷにぷにの赤ちゃんの頰にキスするくらいいいじゃないか。後悔ばかりです。

父に会いたい。不器用だけど、たくさん私を愛してくれた父。母をたくさん傷つけた父が許せず顔を合わせば常にぶつかってばかりだったけど、本音は父の事が大好きでした。

気持ちの整理をするために私は今後どうしたら良いのでしょうか?

2021年7月26日 0:31

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お父様の気持ちを想像してみてください

質問読ませていただきました。

大切なお父様への後悔、懺悔の気持ちに苦しまれているのですね。
このコロナ禍でたくさんの人が、様々に残念な気持ちを抱きながら大切な方を亡くされています。本当に悲しいことです。心中お察しいたします

さて、はにまるさんのお気持ちは「本当は大好きだったお父さんに、もっと優しく接して親孝行してあげたかった」ということだと思います。
もちろん、長生きして子供の成長を見て欲しかったという思いは強いでしょうが、おそらくその部分は、ご自身でも「亡くなってしまったんだから仕方ない」と諦めているところはあるのだと思います。
それより、生前のお父様に対して、「もっと色々してあげたかった・・」という気持ちに縛られて、「自分が悪かったんだ」と苦しんでおられるのでしょう。
色々感情がごちゃ混ぜになっておられるとは思いますが、まずは心を落ち着けて自分の苦しみの原因を探ってみてくださいね。

その上でアドバイスさせていただきます。
はにまるさんは、お父さんに色々してあげたかったと思われてるでしょうが、お父様の立場からするとどうでしょうか?
「自分(お父様)と妻の離婚で、娘には大変な苦労をかけてしまった。ひょっとしたらそれがトラウマで精神的に病んでしまうかもしれないし、結婚したくないというかもしれない。自分は後妻も迎えて、場合によっては恨まれて二度と会ってくれないかもしれない・・」
こういう自責の念があったのではないでしょうか。たとえ離婚しても、娘が可愛いという父親は多いのです。

それにも関わらず、はにまるさんはお父様のことを気にかけて会ってくれた。孫を無事に出産してくれて、会わせてくれた。
これ以上の親孝行がありますか?お父様は普段は言葉に出さなかったかもしれませんが、「本当にありがとう」という感謝の気持ちがいっぱいだったはずです。自分が手放してしまった幸せを、はにまるさんが再び与えてくれたのですから。

しかしお父様も、おそらくはにまるさんに感謝の気持ちを伝えられなかったことは心残りだったことでしょう。
ですから、そのお父様の気持ちを、はにまるさんが汲んであげてください。それによって、少しは心が軽くなるのではないでしょうか。いつまでも思い悩まれていると、「また自分が苦しめてしまった」とお父様も悲しみますよ。

何か少しでも参考にしてみてくださいね。

2021年7月26日 10:01
{{count}}
有り難し
おきもち


京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

お父様は見守っていて下さいます

拝読させて頂きました。
大切なお父様が突然お亡くなりになられてあなたは深く悲しんでおられるでしょう、そして様々な後悔をなさっておられるのですね。あなたの悲しみも後悔も私の想像を遙かに超えるものでしょうけれども心よりあなたのお気持ちをお察しします。
このコロナウイルス感染症によって人と人との関係も分断されている中でお子さんとお父様ともなかなか会えずにまして接触することもなかなかできなかったでしょうから本当に後悔もひとしおでしょうし、悔やんでも悔やみきれないのではないかとも思います。
お父様が心安らかになります様心を込めてご供養申し上げます。至心合掌 南無阿弥陀仏
お父様は必ず仏様に導かれて先に往かれた親しい方々やご先祖様方がお父様を優しく迎え入れて下さいます。お父様は皆様に迎えられ仏様のもとで一切の痛みや苦しみや迷いからも救われて心から安らかになるでしょう。そしてお父様はご先祖様方と一緒に心清らかに円満にご成仏なさっていかれます。
お父様はご先祖様方と一緒に心安らかにあなたやお子さんや親しい方々をこれからもいつも見守っていて下さるでしょう。
あなたとお父様とのご縁はこれからもずっと続いていきます。お子さんとお父さんとのご縁もずっと続いていくのです。お父様と皆様とのご縁は永遠ですからね。
あなたのその悲しみや後悔の念は消えることはないでしょう。どうかお父様に心から手を合わせてご供養なさって下さい、そしてあなたのお父様への様々な思いを心の中で素直にお伝えなさって下さい。あなたのお父様へのありのままのお気持ちを思いつくままにお父様におっしゃってみて下さいね。
お父様はあなたのその思いそのお言葉を余すことなく優しく受けとめて下さいます。そしてあなたをなぐさめ支え励まして下さることでしょう。
お父様はあなたに出会えたこと、お子様と出会えたことを心からお喜びになっているでしょうし、あなたに感謝なさっているでしょうからね。
突然の死ではあったかもしれませんが、お父様はあなたや皆さんに出会い素晴らしい人生を歩んでいかれたのかと思います。そして不思議な巡り合わせの中で天寿を全うなさり今でもあなたや皆さんを見守っているのです。
いつの日かあなたが天寿を全うなさる時必ずお父様があなたを優しく迎えて下さいます。それまでいつも見守っていて下さいとお父様に手を合わせてお願いなさって下さい。

2021年7月26日 15:29
{{count}}
有り難し
おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

質問者からのお礼

ご回答頂きありがとうございました。
何度も何度も読みながら涙しています。

有難いお言葉を頂戴し、父と私はよく似ていた事を思い出しました。私がこれだけ父に感謝しているのだから、父も同じかもしれないと思うことができました。息子の成長写真を送った時に父が「かわいいね。きみに似てきたな!」と言ってくれた事がありました。初孫を抱いてもらった事で、父のあの笑顔を久しぶりに見れた事で、私にも少しは親孝行ができたのでしょうか。出来ていたらいいな、と願うばかりです。

あの日、父に連絡をしていたら。息子と遊びに行っていたら。なんで娘なのに父の危機を察知できなかったんだろう、私だったら火事を防ぐ事ができたんじゃ、という後悔はまだ消えそうにないですが、その分これからしっかりとお墓に手を合わせ、供養していきたいと思います。

遺体のDNA鑑定が終わり次第、一刻も早くお通夜、お葬式をして父を弔いたいです。そして父の血を受け継いだ息子を守る事が私の使命だと思って頑張って生きていきます。ただ、父に会いたいです。会いたい。本当に会いたい。

「身近・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

母を死なせたという気持ちが消せない

先日、10年間介護し続けた母が旅立ちました。 朝目覚めた私が起こしに行ったときにはもう息を引き取っていました。 悩んでいるのは、「母を死なせてしまったのは私だ」という思いについてです。 亡くなる前日、訪問看護師さんと二人で見ていたときやや微熱気味であったこと、やたら眠たがること、受け答えがぼんやりしていたこと、今思えばいくらでも様子がおかしかったことに気付けたはずなのに… 依然もっと高熱が出た時は、しっかり朝まで寝ずに様子を見て元気になるまで頑張ったのに、どうしてその時は夜の見守りをしなかったのか。 母を寝かせた時平熱に戻り他のステータスも問題ない値だったことに油断して、友人とオンラインでの会話が楽しくて、「安定してたし大丈夫だろう」と一通り会話したあとそのまま様子も見ずに寝てしまったことが今でも悔やまれます。 あの時ちゃんと油断せず朝まで起きてつきっきりでいれば絶対死ななかった、 見に行かなかった私が母を殺してしまったんだと後悔する気持ちでいっぱいです。 思えば、最初に倒れた時から状態が悪くなるたびにずっとこうしたらよかった、ああしたらよかったと後悔を繰り返しているのに、 私はなぜ学ばないのだろう、なぜ油断してしまうんだろう、大好きな母のためのはずなのに自分が楽しい気持ちを優先して母を見殺した親不孝者と、怒りの気持ちも沸きます。 周りは交代制でもない一人の人間が24時間見守り続けるのは大変なことだ、しょうがないと言ってくれますが、介護のために仕事も辞めたのですから本当はしょうがなくなんかないだろう、ちょっと様子見だけでもしていたら助かったはずなのにとどうしようもない気持ちになります。 正直に言えば母のためにこれからの人生もささげるつもりだったのもあり、後を追ってしまいたい、でも私にはまだ父も兄もいて、その二人に同じ苦しみを与えるのかと思い踏みとどまっていますが、 この気持ちが時間で解決できるのだろうかと、目の前が真っ暗な状態です。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

亡くなった母に謝りたい

今年6月6日に母が亡くなりました。昨年10月から入院しておりました。 私は他県に住んでおりコロナが広がるまでは年に2〜3回顔を見せていました。同居している兄は歩けなくなった母を一生懸命世話してくれました。 入院してからは兄が病院に行ってはリモートで様子を教えてくれていました。 亡くなる一ヶ月前、兄から「母さんの状態が良くない亅と知らされたのですが、すぐには行きませんでした。あの時自分が何を考えていたのか、今思うと理解出来ません。また持ち直すと思っていたかも知れません。 6月4日に兄から「今から来れるか」と連絡がありすぐに出かけました。 その日は病院の先生から話が聞けると思っていたのですが、到着が遅くなり病院へは行けませんでした。 次の日も先生が病院にいないという事で行けず。 その次の日、朝早く病院から連絡があり、駆けつけましたが「つい先程亡くなりました」と言われました。 信じられませんでした。 一ヶ月前に直ぐに駆けつけなかった事、亡くなる朝、もっと早く行ってあげていれば。 一人で逝かせてしまった事。 どんなに痛かっただろう、辛かっただろう、寂しかっただろう。 親不孝の大馬鹿者だと毎日後悔の気持ちで過ごしています。 本当に取り返しのつかない事をしてしまった。 6月4日、実家に着いた時から三日間、私は実家の猫に引っ掻かれ傷だらけになっています。 狂ったように飛びかかって来ました。 これは、怒っているお母さんが猫に乗り移っての行動かと思っています。 毎日写真を見ては、話しかけていますが、母は怒っているんじゃないか、どんな気持ちでいるんだろう? 取り返しのつかない事をしてしまった。 胸が締め付けられる思いで苦しいです。 長い文になりまして申し訳ありません。 お言葉を頂けましたらありがたいです。 宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

妹が天国へ行ってから3

妹が亡くなってから、2週間前にも投稿して今回で早くも三回目の相談です。オンラインでも三回も相談してまして、こんなに短期間で何回も相談しても良いのかと思いますが、身寄りや家族が居ないため話す相手が居なくて、ここで話をするしかなくて何回も申し訳ありません。 妹が亡くなったのが、ちょうど同じ日曜日の夜勤務が終わって帰った時でしたので、同じ日曜日は特にトラウマと言うかキツイです。 帰っても誰も居ませんし。お母さんでも居てくれたらまだ良いのですが、夜勤務の時は施設に預かりになってるため、1人で本当に苦しいですね。 仕事行って同僚や客と話しても妹の事は話せないので、人形と喋ってるみたいで何をしてるんだろうと思います。 今日なんかついに妹の位牌を仕事に持って行ってしまいました。ロッカーに入れてました。 一緒にいれるかなとか、最期そばにいてあげられなかったから、今後は2度と1人にしないとかわけの分からん事を考えてますます壊れて行ってるのかなーと思います。 あの日何故妹あやこは死ななければならなかったのか?  やはり自分がいたら助かってたはずと同じ事ばかり頭を巡ってしまいます。 来月はもう初盆なのに、まだ生きてたら、と考えてしまいます。それでも線香あげたり毎日手を合わせたりして供養もちゃんとしないといけないなとも思ったり、何度も妹の名前を言ったり、頭が混乱してる感じです。 雲の上を歩いてる感じで、やはりまだ悪い夢見てるだけじゃなかいかとも思ってしまいます。 認知症のお母さんの方が全然元気でして、僕の方が先に死ぬんじゃないかとも思ってもしまいます。 妹を助けられなかった無念さが大きくて、全然消えなくて、小さくならなくて、逆に日に日に大きくなってる感じすらあります。 仕事場では多分元気に見えてるかも知れません。結構喋るようにはなったので。でも全然なんですね。 失ったものが大きすぎて、この夜の1人の時間がとても苦しいです。誰か誰でもいいので居てくれたらと思います。 妹の魂はあるはずなのですが、なかなかそれを感じとれなくて。 このまま週末だけですが1人では苦しいです。 同じような境遇の人はどうやって生きてるのかなと思います。 生き地獄とはこの事かと思います。 妹の為にもっとしっかりしなければならないのですが、なかなか厳しいです。 何でも良いので返答をたくさん頂きたいです。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

亡き夫への想い

1年半前に26年共に過ごした主人を亡くしました。それが原因で実の親と兄弟と絶縁。心療内科に通いなんとか普通に生活しています。夫は今どきめずらしいほどの亭主関白で厳しい人でした。弱音は吐かず寡黙な人でおしゃべりが好きで甘えたい私には厳しすぎて、いつの日か笑って話す事もなくなり、頼る事をしなくなり日時会話も減っていきました。家政婦のような毎日に嫌気がさし、いつもの喧嘩から意地で家を出ました。亡くなる3ヶ月前です。職人だった主人は健康診断をせず、病気に気づかず、ただ、険悪になった3ヶ月は主人の身体は立っているのも辛い状態だったはずだと後から医者に聞きました。痛い、辛いを言わなかった人だけに私はその辛さに気づかず、孤独は自分なんだと可哀想な自分は自由になるべきだと家を出ました。主人が溺愛していた末娘を連れてです。いつも絶対に折れない主人が頭を下げて戻ってきて欲しいと言うまでは帰るまいと決めてました。その間に歩けなくなった主人は入院してから4日で亡くなりました。相当苦しかったはずだ、と医者に聞かされ愕然としました。入院して2日目にベッドの上から私の手を引っ張って握り「戻ってくれ」と言いました。ずっと聞きたかった言葉に泣けて泣けて泣けて…… ずっとその大きな手が欲しかっただけ。 優しい言葉が欲しかっただけ。 私はどこを何を見ていたんだろう。この人の何を見ていたんだろう。ずっと愛してくれていたはずなのに、欲張りな私は気づかなかった。週末は外に干し毎日整えてた布団も一番辛かった3ヶ月はずっと敷いたままだった。毎日作っていた手料理も一番辛かった時に作ってあげられなかった。毎日掃除していた部屋も毎日洗濯していた作業着もきれいにしてあげられなかった。長い間 一緒にいて、一番不幸な時に死なせてしまった。私が殺してしまった。あの時傍に居たら、ずっと一緒に暮らしてたら、もしかしたら命はあったかもしれない。寂しかったはず、辛かったはず… 1年と半年、毎日謝り続け、でも、普通にご飯を食べのうのうと生きている自分に嫌気がさし、消えてしまいたい思いと戦いながら、残った4人の子供たちを幸せにしなければ、とただ、それだけで頑張っていますがスーパーで買い物をしていても、車を運転していても主人の影を探してしまう毎日にもう無理だよ……って、どうにもならなくなったとき、このサイトを見つけました、辛いです。助けて

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

母が他界しました。

母が他界しました。63歳でした。 3年半闘病しました。2年間は食べる事も飲む事もできませんでした。 旅行が好きな母でした。私が社会人になってからはいろんな所へいきました。 最後の旅行の時「あなたと後何回いろんなところへ行けるかな。」とポロっと言われました。その時は「何言ってるのー?」と笑って返しましたが、その旅行が最後の旅行になりました。何故こんな事を言ったのかずっと心に突き刺さっています。 亡くなる3日前に急に体調が悪くなり、肺炎でした。施設に預けていましたが、亡くなる前日少し状態が良くなり、付き添いを止め、私も自宅に帰りましたが、夜中に1人で逝ってしまいました。 「付き添いをしてあげればよかった」「仕事で忙しいと言わずに時間を作ってもっと会いに行ってあげれば良かった」いろんな感情がぐるぐる回っています。3年半も頑張ってくれて、もう辛くないんだから前を向かなきゃと思いますが、どれだけ泣いてもふっと気を抜くと涙が止まりません。 そばにいて貰いたくて、分骨したいと思い骨壷ペンダントを買いましたが、家族に言えずにしまっています。 分骨も悪い事ではないとインターネットで見ましたが、やはり身内にお願いできません。また遺骨を砕く勇気も私がありません。身体が鉛のようで何もできないです。 このままじゃ母が心配しそうです。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

誤りたいです

私は朝7時に出て夜7時に家に着く生活をしていました。 父が病状が悪化した時、さすがに7時は遅いと思いました。 でも、毎日早退なるし…そう思い毎日15分早退する事にしたんです。 1時間早く家に着く事が出来る、その時はそう思いました。 でも今考えると、親が病気なのに、苦しんでるのに、たった15分だけの早退にしてしまった後悔におそわれています。 父より、周りの目を気にしてしまった…その自覚もその時はなかったです。 私は父にあたってばかりいた… 父は鬱病の私を心配して少ない年金から少しでも私が元気になるように調理器具とか弁当のおかずとか色々買ってきてくれました。 でも、私父に何もしなかった… 今考えると、何一つ父にしてあげてなかったんだから、周りの目なんか気にせずに最期ぐらい少しでも早く帰って父のために過ごせばよかった… 最後まで自分を優先してしまった… 寂しい思いもさせたと思います 申し訳なくて誤りたくて 父の日も父の誕生日も何もしなかった ケチってばかりいた… どうして最期の時まで判断を間違えるのか 家族が病気なのに、たかだか15分ぐらいで周りの目を気にして、あんな時にフルで仕事して自分でバカなんじゃないかと思う 避けてばかりいたけど、今更ですがもっと話をすれば良かったと思ってます 家族を守ってあげれなかった… 何でこんなに弱いんだろ…

有り難し有り難し 24
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る