hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

父の四十九日に出なくても良いでしょうか

回答数回答 1
有り難し有り難し 16

お坊さんに相談
父親の四十九日について
12月に父が他界しました。お葬式などを経て、年末年始にかけて実家で過ごしましたが、母親と大喧嘩しもう縁を切るつもりで帰ってきました。
父が亡くなるまでの間、今までのお礼を込めて手紙を書いたりしました。その過程で過去を振り返ることがあり、もともと母親と折り合いが悪く、いじめられたことを思い出してしまいました。思い出すたびに辛くて、もう忘れようと努力して気持ちの整理をつけていたのですが、改めて辛かったことが思い出されてしまい、年明けにふとしたきっかけで大喧嘩に発展し、そのままもう縁を切るつもりで帰ってきました。
喧嘩の中で、父親も私のことが嫌いだったと母から言われ、父への感謝の気持ちも冷めてしまいました。
これから四十九日の法要や、納骨など、まだまだ残っているのですが、正直もう実家に戻る気はないし、家族に会いたく無いので、参加たくないと考えています。
ただ、実の親の事なのに出席しないのはバチが当たるのでは、という心配もあります。
出席しなくても問題ないでしょうか。

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

無理しない

いろいろご事情があるかと思います。

ご質問を拝見すると、『出ない』でなく『出れない』ですね。

出ない自身を責めるでなく、出れない原因をつくった母から自分を守るという認識でいいんじゃないでしょうか。

それでも気になるなら、個人的に、法要にみえるお寺さんに行き、手を合わせるという方法はいかがでしょうか。

あるいは49日の日を教えていただいたなら、私も読経しますよ。

母の言葉が正義ではないですよ。
ニニニさまの父を憶う気持ちは悪くないです。大事ですよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

優しいお言葉に涙が出てきました。自分を守るためと考えると、罪悪感も薄くなりました。四十九日は、帰らないことにし、別途感謝の気持ちを込めてお寺さんにお参りに行こうと思います。気持ちが楽になりました。ありがとうございます。

煩悩スッキリコラムまとめ