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留年、親に話せません

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有り難し有り難し 5

留年しました。
嫌味とセクハラを繰り返す教員に必修科目で当たり嫌になって遅刻などを繰り返すようになった結果、進級のための単位が足りませんでした。

親にはずっと単位は大丈夫なのか?と聞かれ濁していたのですが、留年確定ということであれば話す他ないのにどんな反応をされるかと思うと、その後どう付き合い方が変わってしまうのかと思うと話すことができません。

また、弟が専門生で本来私が留年することなく進級していれば同時期に就活が始まる歳のため、これまた顔向けできません。
共に実家暮らしで顔は必ず合わせるのですが見下されたり気を遣われたり、なんにせよ今後弟とも今までのようにはいかず腫れ物扱いされると思うと申し訳なくて死にたくて消えたくてたまりません。

セクハラや嫌味と言ってもテレビで取り上げられるような大したことではなく他人からしたら本当に些細なことで、他の女子生徒は笑い飛ばしていたぐらいです。
そんなことで親には相談できてませんでしたし、今更言っても言い訳にしか聞こえないでしょう。大学にあまり行けてないことをわかっていながらも濁されていた親はどんな反応をするか、「だろうね」と呆れ怒るのか、もう何もわかりません。
検索して就職は結果的に成功したと言う人も見ますが、それまでの気まずさはどうすればいいのか、その後も留年したのだと見られることにどう耐えていかなければならないのかわかりません。 

そんなことならいっそ死にたいと思うのに死ぬ勇気もなければ、独り立ちして物理的に距離を離すこともできないのです。
別々に住んでいる祖父が近くにいるのですが、あまりにも近すぎて近所で会いそうですしやっぱり迷惑をかけると言うことから実家住みなのは変わらないと思います。

関係性が変わること、気を遣わせてしまうことがとても耐えられそうにありません。
何より、留年して残った場合必修なのであの教師にまた会わなくてはならないのも辛いです。でも就職のためなら大卒の方が有利ですし、大学5年生にはなりますが今後を生きるなら卒業した方がいいこともわかっていますが、留年確定後にセクハラ問題を話しても学校側に信頼される自信がありません。

私どうしたらいいんでしょうか。
混乱のため読みづらい文で申し訳ありません。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

おはようございます。
文章拝見しました。

私も単位足りなかったです。
単位足りず卒業延びました。

ひとつめのご質問
『検索して就職は結果的に成功したと言う人も見ますが、それまでの気まずさはどうすればいいのか、その後も留年したのだと見られることにどう耐えていかなければならないのかわかりません』

という部分については、30過ぎてからは全く言われなくなりました。社会でどんな経験積んだかとか、留年してるかしてないかより、会社がもとめる仕事をこなせるかの方が重視されることに気がつきました。

私も卒業して他と同じ就活は気まずくてできませんでした。バイトから正社員登用アリのところを探してました。

あとは、卒業した学部と職場の業界は別にしました。卒業延びた科目は合わなかったので他の業種を探してるうちにこの業界に関心を持ちました的ないい方を面接でしてました。

親には
学費を余計に出してもらうことになるけど、将来、介護が必要となった時にその分、他の家庭よりは手厚く面倒みるよ、くらいの気持ちでいいですよ。
消える必要はないです。

もうひとつのご質問
私はどうしたらよかったでしょうか。
については、ハスノハに相談いただいたことはよかったと思いますよ。
逃げて正解だったと思いますよ。

社会に出ても嫌味やセクハラある上司がいる可能性はありますし。
一旦、距離を置いてから対処を考えることは悪い選択肢ではないですよ。

『かわし方』または『交わし方』でネット検索すると嫌な上司の対処法などの記事が出てきます。参考になる部分も見つけられると思います。

大丈夫。
高校中退の子が学歴のコンプレックスを語ったときに、留年してる身からだと大学もいい事ばかりじゃなかったよ。と話すこともあります。
分かれ道のひとつに過ぎないです。
まだまだこれから伸び代はありますよ。あまり自分を追い詰めないでくださいね。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

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