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看取り

6月4日に父が他界しました。肺がんで、72歳でした。
2週間母が病院に寝泊りして看病する状態でした。

父が亡くなる日、私がたまたま早く会社をあがっていたので、母が一度自宅へ戻る間に私が付き添っていました。
まさかその日その時間に逝ってしまうとは・・・

最期に会話したのが冗談話しでした。
前々日には感謝の言葉を交わしていたものの、最期がこんな会話になるなんて・・・
その思いと、なぜ私が最期を看取ることになってしまったのか?が今でも心にひっかかってしまってます。
父は最期に言いたかったこと、なかったのか?
看取ることってタイミングだけの話なんでしょうか?
教えてもらえたらうれしいです。

有り難し 21
回答 3

質問投稿日: 2014年6月21日 22:48

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

息を引き継ぎたかった

りこぴんさん、こんにちは。
まず、お父様のこと、お悔やみ申し上げます。

肺がんで、72歳でいらっしゃった。年齢があがるにつれてガン罹患率は高くなると聞きます。みなさんがどのような人生を歩んでいらっしゃったかは分かりませんが、家族にとって心の揺れる日々でしたでしょうか。
2週間、お母様が寝泊まりするほどとのこと。そろそろ・・・とお医者様に言われていた時期だったのかと想像します。

「人の命は、この呼吸にある」
と禅宗では申します。人の命とは、ただこの一呼吸のなかにある。
ひと呼吸、ひと呼吸のなかに私たちの生活は存在します。
歩きながら呼吸をして、仕事をしながら、寝ながら、ご飯をたべながら、笑い話をしながら。

お父様は、あなたに看取ってもらえて良かったのではないでしょうか。
「最後のひと呼吸をあなたに託した」、そう思えませんか。
笑い話でも、感謝の言葉でも、言葉ではない何かを。きっとお父様はあなたに伝えたいことをすでに伝えていたのです。分かりにくいことですが。
 
 
余談ですが、わたしの知り合いに似た境遇の方がいらっしゃいます。
日頃お世話をたくさんしていたお孫さんではなく、日中仕事にでている息子さんが看取った・・・こんなことあるのかと。
もちろん、いろいろな状況があるようです。物理的にはだれも近くにはいなかったけれど・・・、すこしベッドを離れていた間に・・・、親族が集まる前日に・・・、など。

ほんとうに不思議なことです。

4年3ヶ月前

「縁」

りこぴんさま
なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

付ききりでお父さまを看病していたお母さまが自宅に戻り、りこぴんさんが付き添っている間にお父さまが亡くなってしまわれた。
そのことに、何らかの意味があるのだろうかと思い悩んでいらっしゃるのですね。

私は、それは「縁」としか申し上げられません。
そして「縁」は人間には測り知ることの出来ないものです。
ですので、心にひっかかっているかもしれませんが、それについて思い悩んでいては、お父さまも「悩ませてしまって申し訳ない」と思われるのではないでしょうか。

また、お父さまと最後に交わした話が冗談話だったとのこと。
これはこれで、良かったのではないかと思います。
感謝の言葉でも良かった、冗談話でも良かった、他の話でも良かった、ケンカでも良かったのだと思います。
お嬢さんと言葉を交わし、看取ってもらえた。お父さまは幸せだったのだと思います。

話は変わりますが、人間は機械と違ってスイッチオフで死んでしまうわけではありません。
心停止すると医師は「ご臨終です」と言って死亡時刻を記録しますが、一瞬で全機能が停止し、全細胞が死んでしまうのではないようです。

特に、聴覚は最後まで残っていると聞いた事があります。
お父さまが亡くなり、お母さまはどれぐらいで駆けつけたでしょうか。
たとえある程度の時間が経っていても、妻の声に安堵を覚え、お父さまは旅立たれたのだと思います。

もし聴覚すら無くなってしまうほどの時間が経っていたとしても、長年連れ添った妻の気配を感じて、安らかに命を終えたのではないでしょうか。

4年2ヶ月前

命をつなぐ

お父さん、大往生でしたね。

また必ず、いつの日か再開出来ます。

人間には、必ず身体に終わりが参ります、でも、命は終わら無い。

私達の身体の寿命が尽きた時に必ず再開出来ます。

今はただ、お父さん、良く頑張ったね、お疲れ様、ありがとうと、念じてあげて下さい。

4年2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございました。

母のことを思えば、私じゃなくという思いが強く、なぜ私?を考える日々でした。
今はあまり考えないように生活しております。
いろんな思いを抱えて生きることを父の死後感じています。

なごみ庵 浦上様 ありがとうございました。
そうですね、父を困らせてしまいますね。私だったことは縁ですよね。母には申し訳ないですが、血のつながりと思って・・・ですね。
看護士さんにも言われました。耳は最期まで聞こえてるからと、2時間ほど、泣きながら家族が揃うまで、呼び続け、話してました。脳波は時々反応していていたのはわかりました。人の死を私は始めて目の前にして考えすぎてしまった感じですね。
気持ち楽になりました。

大法寺長谷雄蓮華様
ありがとうございます。感謝の気持ちを位牌前で念じてます。
今日が月命日です。
月日が経つのは早いものです。
いつか再会できる日までいろいろ話したいと思います。

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