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やっぱり許せない、、

ナラナラ男性/40代
回答数回答 1
有り難し有り難し 4

何度も似た内容失礼します。
隣家からたびたびいろんな嫌がらせをされ、引っ越しましたが、、未だに思い出してわーってなる時あります。
まだ完全に関係も切れてはいません。切れるなら切りたいですが。
どうしたら楽になれますか?
こちらも悪かったですが、、でもこちらがしたことの300倍はやられたと思います。相手は複数ですし、こちらは精神病院に入院までして、引っ越しまでして、、脳MRIで脳の一部萎縮してるて言われましたが隣家ストレスのせいなような。
でも向こうはなんだか、正義気取りなんです。迷惑かけられたから何でもやっていい、こっちが被害者だ!みたいな。おかしいです。

2023年8月28日 4:14
ナラナラ男性/40代
質問数:
31
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

許せないものって、どんな人にも一つや二つはあるはずです。われわれ“坊主”だって例外ではありません。誰が見ても立派なお坊さんが、心のなかでどうしても許せないものを持っている、そういうこともありましょう。

でも、仏教者(よりよく生きようとする者)ならば、(もちろん在家出家に関係なく)自分の許せないものを、攻撃しようとしたり破壊しようとしたりしてはいけません。許せないものを無理に許そうとがんばったり、(周囲や自分自身にたいして)許しているふりをしたり、そういうことはしなくていい。もしも今ここにお釈迦さまがいらっしゃって、ナラナラさんのお悩みを聞かれましたら、きっと許せないものがある今このままのナラナラさんを受け入れてくださるんじゃないかなと思います。

人間なんて、みんなどこかおかしいでしょう。おかしいところのない人間なんていない、と思います。わたしたち人間において、「完璧(欠点がない)」ということはありえない。けれども、すべてを受け入れることが出来たとき(あるいは、もとよりすべて受け入れられていたことに気が付けたとき)、「欠点があるからこそ完璧(尊い)なのだ」と私たちは気付けるのではないでしょうか。

そわか合掌

2023年8月28日 16:01
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有り難し
おきもち

個別相談可能
「ただ、祈るばかり。」 抜苦与楽こそ、お坊さんの仕事。 それが拙僧のささやかな信条です。 人はそれぞれ心に哀しみを抱いて、 それでも懸命に生きている。 微力ながら、仏の智慧を借り、 その哀しみにそっと寄り添っていけたら と思っております。 — 横浜の片隅にて「そわかの縁側」を主宰 サッカー人生を歩む息子の父 — ・幼少期に日曜学校にて宗教心の萌芽 ・学生時代から真理(の探求)に関心を持つ ・25歳キャリアや経済力を捨てて仏門へ ・約8年かけ家族の鬱病を一緒に乗り越える ・自ら道場(瞑想スタジオ)を開く ・瞑想指導、伝道説法の日々を送る ・コロナ禍に瞑想スタジオを失う ・オンラインレッスンへ移行 ・縁あってhasunoha回答僧となる ・リアルな場として「縁側」を開く ・道友たちと静かに坐り、茶話を楽しむ ・自らの経験した様々な“哀しみ”に気づく ・人の哀しみに寄り添う仏道者へ — どのようなことでもご相談ください。八方塞がりのように感じるときほど、案外近くに突破口があるかもしれません。 そわか合掌
今、大切なものや大切な存在を失って哀しみを抱えている、日々どうにか生きているけれど生きている感覚がない、これから先うまく生きていける気がしない、そのようなつらく苦しいとき、ふと頼っていただけましたら、有り難うございます。 残念ながら、拙僧には、あなたの哀しみを消し去ることは出来ません。でも、誠心誠意、あなたのそのお心にそっと寄り添い、ただ静かに祈ることは出来ると思います。 哀しみ(喪失感)は、大切な家族や友人、愛犬・愛猫との別れだけでなく、失業や自身の健康(若さ)など、かけがえのない存在や大切なものを失った際に生じるものです。大切なものを失ったときの感じ方は人それぞれ。小さなことと思って放っておくと、元気(生のエネルギー)を必要以上に消耗してしまうことにもなりかねません。ご自身の哀しみに気づいたときには、誰かに助けを求めてください。hasunohaも、使って使って使い倒してください。仏の掌は、必ずや、あなたの心を救ってくださるはずです。 そわか合掌

質問者からのお礼

なるほど、と思いました。
難しさもありますが。

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