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正論を言ってるママ友にカチンとくるのは私が悪いのか?

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私の家の近所に住む、ママ友の事で相談です。
その方はいつも自信満々な感じで、言い方もハッキリものを言うタイプの方です。
子供の事とかでも、何か言われるとちょっと圧力を感じて言い返せません

普通の雑談や子供の話は仲良く気軽に話せて、サバサバした良い方なのですが、たまに鋭い指摘をしてきて憂鬱にさせられます。

例えば、何かを子供が貰って帰ってきて、次の日の朝に会いましたが、その事を忘れていたので、気が付いた時にお礼のラインを送りました。
他の子からもおやつを貰ってたよと教えてくれ、その事は知らなかったので、「それは聞いてなかったわ お礼言っとくわ」と返信……
するとそういう事はちゃんと聞かないと、お礼を言わないと大人が恥ずかしい思いするで!と返ってきました

この最後の返信で私は怒りを覚えました。

お礼を言うって言ってるのになぜそこまでいうのかわかりません。
何か他に言いたいことでもあるのかと思ってしまいます

だいたい、お菓子やジュースで毎回お礼を言うってめんどくさいと感じています 昨日は、遊ばせてもらってありがとう!では駄目なのでしょうか?

私もあげたりしますが、あげた子の親からは何もありませんし、何とも思いません。

子供同士であげあいこしてるのでそれでいいと思います 今回のお菓子も、前にあげたから貰った~と話してました 子供の世界にそこまで口出さなくても……と思うのはだめでしょうか?

その家にはたまにもらい物をするので、ケーキなどお返しをしています それだけでは駄目って事ですかね? 子供がいつどこで何を貰ってるか みなさんは把握してるんでしょうか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分がどうしたいか、伝え方はそれぞれ。

ゆうさま

ママ友に怒りをお覚えた件、拝見致しました。
ご近所のママ友さんは、いつも正論とのことですが、この正論というのは本当に厄介です。

どちらも主観的な好意であったり正義であったり、決して間違っているのではないのです、そして、例え、好意にしろ正義にしろ、正解ということもないのですね。
此処において大切なのは、双方の関係における価値観の共有具合ではないでしょうか。

ゆうさんが怒りを覚えたのは恐らく、「行きすぎた押しつけ感。」ではないでしょうか。
こうなるともはや「親切」を通り越して「御節介」に感じてしまいますね。
悪意のない「悪意」です。

どんなに自信満々でも完璧、パーフェクトな人間なんて早々おられないのではないでしょうか。
そういうことが垣間見れた一件であると思います。

腹を立てずに、一連の感情の働きを整理してみるといろんな気づきが見えてくると思います。

腹を立てる私が良いか悪いか?と言われれば、どちらでもない。悪くもないし、良くもない。
ただ、腹を立てるのは「自分」であるから、いつまでもそれを引きづることは、あなたにとって
『時間の無駄』という意味で「良くない」かもしれません。

今後のママ友とのやりとり、「良し悪し」の両極端で決めるのではなく、どちらの意見も尊重していくことで互いを認め合ってはいけないものでしょうか。

拙い回答となりましたが、人間関係において一つの参考になれば幸いです。合掌

追記、子供同士のことはそこまで、大人が介入しなくてもよいと思いますが、気がついた時に一言お礼を伝えればお互い気持ちよい関係で居られると思います。

最終的には自分がどうしたいか、で伝え方がそれぞれあってよいと思います。

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有り難し
おきもち

こんにちは。 埼玉県秩父市のお寺で住職をさせて頂いております、野村圭秀と申します。 縁に随って生かされている、そんなことを感じている40代の僧侶です。 沢山の回答はできませんが、よろしくお願いします。 【プロフィールを見てくださった方へメッセージ。】  一期一縁、再び訪れることのない今<時間>や此処<場所>を生きていく、というコトを私は心掛けるようにしています。 どんなに辛く、悲しく、暗い所にいても、心を閉ざしていたとしても、あなたのすぐそばにはきっと、自分が気づいていない『誰か』や『何か』が支えてくれているはずです。 大丈夫、きっと大丈夫です。 自分を信じて生きていくことが必要な時代です。 ただ、自分だけでは不安になってしまうので、もう一つ支えてくれる何かを見つけられるといいと思います。 例えば、私の場合は『宗教的な生き方(実践)』であり、それは『仏教』や『禅』という思考や教えをベースとした生き方です。 難しい言葉ですが『自灯明、法灯明』という生き方かもしれません。  あなたの場合は何に支えられているでしょうか?  ご自身で考えてみる機会になれば幸いです。 自分で考えることで、自身が救われていきます。他人が示すことができる正解などはありません。 その答えが少しでも見出すことが出来たならば、次の一歩が、次に進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。 合掌 【おぼうさんず💗ラブ 記事】 https://hasunoha.jp/article/mihotoke/52                        

質問者からのお礼

回答ありがとうございます!
行き過ぎた押しつけ感……まさにそこに嫌悪感があったのだと、言われて初めてわかりました

相手が言ってることは正しいのは頭ではわかっているけど、心がモヤモヤしていたので 自分のこの気持ちが悪いことなのかと心配にもなりました。

こんな感じが年に一度あるかないかなので、ぐっとこらえ相手も悪気がないのだと思っていきたいです。

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