天台宗の印について回答受付中
とある真言宗の方が、「真言宗では、各流派でも印を結ぶ時は隠す。しかし、天台宗は隠さないと天台宗僧侶から伺ったが、理由を書きそびれてしまった。」と話しておられました。
印は隠すイメージがあるのですが、天台宗ではなぜ印を隠さないのでしょうか?
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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こんにちは
なかなか回答が入りませんね。一緒に考えてみたいと思います。
おっしゃる通り、天台宗では印を見えるように行い、真言宗では印を衣などで隠しておこなっているようです。
「印」(印相)とは、仏教で手の形で意味を持たせる「ハンドサイン」のようなものです。 両手を合わせる「合掌」もそのひとつですし、坐禅をするときの手の形(法界定印)もそうです。これらの「印」を隠しておこなうことはありません。
印相は、仏像が「何を考えているのか」「何を願っているのか」知るためのヒントになります。例えば、右(向かって左)手のひらをこちらに向ける「バイバイ」のような形は「施無畏印(せむいいん)」といい「こわがらなくていい」を示し、左(向かって右)てのひらを下向きにこちらに向ける形は「与願印(よがんいん)」といい「話をききますよ」の意味になるなど、です。
このように印相は、「何をしているか」を示すものです。仏像が自分の印相を隠すことはしませんよね。
天台宗においては、お坊様が拝む対象(ご本尊様だったりご先祖様だったり)に、何をしているのかわかるようにきちんと見せて行っていると想像できます。
真言宗では印は衣に隠して行いますが、真言宗は、「印と真言と観想がセットであり、これらは伝授を受けなければ行ってはいけない」という考えがあるようで、伝授を受けていない者が真似できないように印を隠して行っている、と考えられます。まねごとでは本物になれない、きちんと伝授をうけてくださいという事だと思います。
どちらも「宗風」(その宗派の考え方・やり方)の違いで、印を隠す・隠さないがあるのだと思いました。
こちらのyoutubeの内容を参考にお答えをいれました
https://youtu.be/LJzwhEaFQyg?si=kjx_E1F7-NM-HKhO