ダブル不倫終えましたが苦しいです
20歳年上の既婚男性とダブル不倫をしてました。約1年半ほど毎日連絡をとりあったり、プライベートでも会うようになりました。関係をもって半年も経たないうちに周りにバレ注意されたこともあります。
でもこんな関係を続けていても。。という気持ちと
離れたくないという気持ちと
で葛藤している部分もまだ正直あります。
ですが彼は割り切っている感じは凄く感じます。
絶対家族優先です。
やめようという連絡をしたら、わかりました。とだけきて凄く悲しい気持ちになりました。
結局そのくらいの気持ちだったということですよね。。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
執着がほどけるとき
ご相談いただきありがとうございます。
みなさんが今感じている“悲しみ”や“空虚感”は、
相手への想いが本物だったからこそ生まれたものです。
それは決して、弱さでも、間違いでもありません。
ただ、みなさんと彼のあいだには“想いの向き”に違いがあったように思います。
みなさんは日々のやりとりや時間の積み重ねの中で、
その関係にある程度の意味やぬくもりを感じてこられたのではないでしょうか?
一方で、彼は家族を優先する姿勢を明確に保ち、関係に境界を引いていたように見えます。
それが、“割り切り”として貴女の目に映ったのかもしれません。
つまり、お二人の間には、
“この関係をどう位置づけていたか”という点で、
小さくない差があったということです。
「わかりました」という短い返事には、彼なりの整理や決意が込められていたのでしょう。
ただ、それをどう受け取るかは、みなさん自身の内側で確かめていくことです。
相手の意図を深読みしすぎるよりも、今、自分が何を感じ、何を手放したいのかに目を向けることが、これからの時間を静かに整えてくれるはずです。
縁には始まりと終わりがあります。
終わりは必ずしも悪ではなく、
次の歩みに向かうための区切りでもあります。
この出来事を通して、みなさんが「どう生きたいか」を少しだけ見つめ直す機会としていただければ、それで十分なのだと思います。
悪縁や悪行を切り捨てましょう
拝読させて頂きました。
そうなのですね、相手の人の思いはそのようなものだったのだと思います。あなたのお気持ちとてもわかるように感じます。あなたの苦しいお気持ちを心よりお察しします。
想像で申し訳ございませんが、その人は何度も同じことを繰り返しているでしょう。そして自分勝手に罪を犯し続けているでしょう。
ですからあなたにとっては悪縁です。
しっかりとご縁を切りましょう。その人と一切関わることをやめましょう。一切連絡することもやめましょう。
なかなか割り切ることは難しいでしょうけれどあなたやご家族の為にしっかりと悪縁や悪行を切り捨てましょう。
あなたがそのような悪縁や悪行から離れ、本当に大切な方々と共に心から幸せを分かち合い生き抜いていかれます様に、善き考えや言葉や行いを心掛けて生きていくことできます様に切に仏様や神様やご先祖様に祈っております。至心合掌m(__)m
終わりの痛みと、愛した証としての手放し
あなたの文章からは、深い寂しさと同時に、真剣に人を愛した温かさが伝わってきました。たとえその関係が「許されないもの」だったとしても、心が本気で誰かを想った事実は、決して偽りではありませんか。
1. 「割り切り」の裏側にある、あなたの優しさ
彼の「わかりました」という短い言葉に、あなたは深く傷つきましたね。
それは、これまでの時間や言葉を大切にしてきたあなたの“誠実さ”の証です。
一方で、彼は家族という現実の中で、自分の罪悪感を最小限に抑えるために割り切るという選択をしたのかもしれません。つまり彼の冷たさは、「あなたを軽んじた」というより、「自分を守るための不器用な線引き」だったのではないでしょうか。
2. 「悲しい」と感じるのは、愛が本物だった証
仏教では、執着を「苦しみの根」と説きます。しかし、執着とは「愛の残り香」でもあります。あなたが感じている悲しみや空虚さは、心がまだ“愛を生きている”からこそ湧く感情です。
「彼を本気で想ったから、今こんなにも苦しい」
その事実自体が、あなたが誠実に愛した証です。
3. 「終わる」ことは、「否定」ではない
恋の終わりは、「間違っていた」という意味ではありません。
それは、ひとつの“縁(えん)が尽きた”ということ。
仏教では、出会いも別れも「縁起」
無数の要素が重なって起こる出来事として受け止めます。
彼と出会い、惹かれ、別れた。
その一連の流れの中に、あなたが何を感じ、何を学んだか。
そこに気づくことが、心を解放する第一歩になります。
4. 「離れること」も、優しさのかたち
もしあなたが今でも彼を思うなら、どうか“距離を置くこと”を自分への罰ではなく、祈りのかたちとして受け止めてみてください。
離れることは、愛を消すことではなく、「相手の幸せを願う場所へ、愛を置く」ことです。
あなたの愛は、これからも静かにあなたの中で息づいていきます。
5. 最後に
「結局そのくらいの気持ちだったのか」と感じる痛みの中に、
自分の心の深さを知ったあなたがいます。
その気づきこそ、次に誰かを愛するときに、もっと穏やかに、もっと自由に愛せる力になります。
どうか今は、自分を責めず、ただ「よくここまで愛せた」と心の中でつぶやいてみてください。
その言葉が、あなたの心を少しずつ癒してくれることでしょう。
合掌
質問者からのお礼
コメントありがとうございます。
気持ちが少し楽になりました。
またよろしくお願いします。



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