古川玄峰
自己紹介
山の中の小さなお寺の住職と児童福祉施設で働いております。
毎日いろんな出来事がありますが、そのたびに、「仏教って、生きる力そのものなんだなぁ」と感じる瞬間があります。
ハスノハを始めたのは、友人の僧侶が青空説法で、人の悩みにまっすぐ寄り添っている姿を見たのがきっかけでした。
「自分にも、こんなふうに誰かの心に光を届けることができないだろうか」
そんな思いから、この場に身を置かせてもらっています。
NOTE:「始終の坊主」として
「始終の坊主」という名前には、私の歩んできた人生そのものが込められています。
子どもが生まれる瞬間の喜びから、人が亡くなった後の静かな別れまで。
保育と僧侶、命の両端に関わる仕事を通して、「人生の始まりから終わりまで」に立ち会ってきました。
そのすべてを見つめてきた自分を表す言葉として、「始終の坊主」と名乗っています。
NOTEでは、修行時代に学んだこと、子どもたちとの日々、そして福祉の現場で感じた心の動きを綴っています。
根底にあるのは、「生きることには宗教(道徳)が大切だ」という実感です。
子どもたちの姿はまさに“日々是好日”。
けれども、大人の価値観がその純粋さをゆがめてしまうこともあります。
だからこそ、私は子どもたちの「随所に主と為す」姿を守りたいと思うのです。
宗教とは“恐れ”ではなく、“幸せを考え抜いた哲学”であると。
苦しみの中にいる人が、自分の足で再び立ち上がるための知恵が、仏教の中にはある。
NOTEでの発信は、そんな思いをかたちにした、私なりの修行でもあります。
回答した質問

揺れの中にこそ、縁は育つ
ご相談いただきありがとうございます。
絆というのは、不思議なもので、
深まろうとするときほど、揺れることがあるようです。
いま起きていることも、もしかすると、その“揺れ”の中にあるのか...

なぜ、こんなにも悲しいのか
深い悲しみの中におられますね。
たくさん言葉を交わしたわけではなくても、
こうして心に空洞ができるほど寂しくなるのは、
それだけおじいさまが、あなたの中で大きな存在だったからだと思いま...

逃げるのではなく「進路変更」。
ここまで働いて、体を壊して、
それでも立て直そうとしている。
それはもう、十分に頑張ってきた証ですよ。
自分で「逃げた」と判断したくないのなら、
私が言います。「逃げなさい。」...

整わぬ関係に、無理を重ねないこと
ご相談いただきありがとうございます。
話を読ましていただきました
それは、ずいぶんと心がすり減る日々であったことでしょう。
嫌だと伝えても届かないこと。
関係を良くしようと、自分の暮...

そっと贈る言葉
しんどいよね。
向いていないと分かっていることを、
「向いているふり」で続けるって、
想像以上に負担がかかることだから。
しかもそれが、仕事だけじゃなくて
「人生そのもの」になって...

静かになった心に、夢が語りかけてくること
ご相談いただきありがとうございます。
それは…少し気味の悪い夢ですね。
せっかくお経を唱えて、心地よく一日を終えたあとにそういう夢を見ると、
「何かいけないことをしているのではないか」...

そのまま迷っていてもいい
それは…
とても大きな存在を、失われたのですね。
長い時間、そばで寄り添ってくれていたお母さまとの関係は、
ただの家族というより、
もっと深いところで支えになっていたのだと思います。...

「助けて」がうまく届かないとき
それは…
本当に限界の中で動いておられたのですね。
眠れないまま、病院や役所、見学まで回って、
心も体もボロボロの中で、
それでも前に進もうとしていたこと、伝わってきました。
...

その違和感、少しだけ大事に
ご相談いただきありがとうございます。
なーこさんが感じた出来事は、
ずっと心に残ってしまうくらい、きつい体験でしたよね。
「導かれた」と感じていた場所で、
そういう言葉を聞いてし...

読ませていただきました。
かなり長い間ひとりで背負ってきた感じがありますね。
気を抜ける時間、ほとんどなかったんじゃないでしょうか?
どこにいても落ち着かない状態って、
それだけで体...

不立文字
ご相談いただきありがとうございます。
それは、怖くなりますよ。
「生きること」「死ぬこと」をまじめに考えた人ほど、そこに一回ぶつかりますから。
私も小さいころ、生きているってどういうこ...

「うまくできなかった日」があっても大丈夫。
ご相談いただきありがとうございます。
まず、ここまでご自分の気持ちを丁寧に振り返っておられることから、Pecoraさんがとても真面目で、周りの人を大切に思う方なのだろうと感じました。
泣き叫...

お坊さんも、さまざまな形や色がある。
ご質問いただきありがとうございます。
初めに言っておきます。
僧侶は、皆一緒の考えではなく、人がそれぞれ違うように、僧侶もまた一人ひとり違うことをお伝えしておきます。
それでは私が...

亡くなった方の夢を見て、心が揺れたとき
ご相談、静かに読ませていただきました。
まずお伝えしたいのは、その夢や涙を「不思議なもの」「信じすぎ」と無理に扱わなくてよい、ということです。
こうした体験は、実はそれほど珍しいものでは...

辞め方だけは“賢く・冷たく・静かに”
ご相談いただきありがとうございます。
率直にお伝えしたいのが、BlueMoonさんは「辞めたい」のに悩んでるんじゃないくて、「園長に何をされるか」が怖いという気持ちが強いのだと思います。
...

人ではなくて、居場所に執着してる
相談いただきありがとうございます。
まず現実を整理してみます。
その友人は、
最初は確かに楽しかった、興味もあった、距離も縮まった
でも今は、
連絡は後回し、会話は自分中心、会...

死の恐怖は、敵ではない
ご相談いただきありがとうございます。
まず、「克服しよう」としてる時点で方向を間違えているように思えます
「死の恐怖は、敵じゃありません」。
・生存欲
・未練
・「まだ足りない」っ...

坐禅が教えてくれる変化
ご質問ありがとうございます。
とても大切なところに目を向けておられると感じました。
ご質問にある「心の動きの際(きわ)」とは、心が何かに反応して動き出す「境目」のことを指していると思われ...

計らい知れぬ出来事と、残された者の心
とても衝撃的で、言葉を失うような出来事だったと思います。
文章から、質問者さんがどれほど心を揺さぶられているかが伝わってきます。
まずお伝えしたいのは、
このような状況で「不思議な出来...

その涙は弱さではなく、こころの回復です
ご相談ありがとうございます。
まずお伝えしたいのは
父親が子どもに優しくする姿を見て胸が痛むのは、まったく異常ではありません。
むしろ、ずっとがんばってきた心が
「もうそろそろ、...


