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ものすごい喪失感回答受付中

回答数回答 1
有り難し有り難し 1

介護職で今日夜勤が終わりました。
総勢30名近い利用者さん。自立した方、介助が必要な方がいます。認知症の方。人間同士なので相性もあり、合う方、合わない方があり、介助が受け入れられない方もいます。
 日々、自分と向き合う日々。こころが折れたりします。だれかに聞いてほしい、わかるよって言ってほしい思います。
 私は自分なりに取り組みますが、取り組みがいいのか?どうなのか?気になります。
ずっと指示コントロールが強い家庭に育ち、自分の意思がなく、苦労も多かったです。
人に意見、確認を求めるクセがあり日々悩みます。内省を心掛けていますが、とても不安に襲われます。
 人付きあい、人への感情表現、距離感が苦手で人が苦手ですが、人を求める自分がいます。
 今日は夜勤中の出来事、自分が気づいたこと、感じたことを誰とも話せませんでした。
人がいなく忙しそうで、ラインによる連絡もしましたが既読にはなりましたが、反応はなし。

 ついつい、言いしれぬ喪失感、疎外感に襲われています。根っからのマイナス思考、ハスノハでの相談や人生の本、お坊さんが書かれた指南書がお気に入りで日々自分をアップデートできるようしていますが、今日は寂しいです。
相談させていただきました。よろしくお願いします。

2026年2月12日 20:45
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

反応、欲しいですよね。

 こんばんは。お仕事お疲れ様です。自分とは異なるライフステージにいる方、価値観が離れている方と付き合うのは、なかなか骨の折れることですね。
 私も、時々あります。「今日は寂しいなぁ」が。だから、ふと「あ、ここにも」と思ってしまいました。
 人間の学習というのは、反応あってのこと。自分なりに考えて行ったことが、どのような結果に繋がったのか。良し悪しよりも、反応そのものが欲しいのは、よく分かります。「仕事なんて、問題なく過ごせればいい」では済まさない貴方は、仕事にきちんと向き合っていると感じられます。
 私からのおすすめは、日記をつけてみること。誰々の記録ではなく、貴方の感じたことをそのまま、外在化する。楽しかったことでも、辛かったことでも、文字にして出す。それは、未来の貴方へ向けた手紙のようなものかも知れません。
 「今日は疲れたなぁ」の一行でもよいのです。「人が苦手なのに、人を求めるなんて、不思議なものだ」でも。
 私もこうやって言葉を残しつつ暮らしていますが、ふと過去に回答したものを読むと、「ああ、この人どうしたかな」という思いと共に、「自分はこう考えていたんだな」を、少し離れた距離から自分を見ることができると感じています。そして、「今の自分なら、どう答えるかな」を考えたりします。
 そうやって自分の物語を紡いでいくと、日々起きることが、その物語に溶け込んでいく、いや位置づいていくのを感じます。「この人、分かってくれたみたい」とか「届かなかったのかもね」と感じることも。
 その自省の積み重ねは、ある日「ああ、自分はこれを大事にしてずっとやってきたんだ」と結実するときが訪れます。そのとき、すべての記録やエピソードは、今の自分の一部になっていることに気づく。
 そうなると、他人からの評価はそれとして…「他人にはこう見えたんだな」という距離感をもって認知されます。それを次の行動に反映するか否か…そうなった時、あなたは他人の評価「に左右されない」自分になりつつあるのを見つけるでしょう。
 一つの軸を決めることは、同時に他の軸を脇に置くということです。それに対する不安もあるでしょうけれど、軸があなたの経験から出てきたものならば、「取り敢えず」掴んでよいと、私は思います。

2026年2月13日 0:21
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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