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戒名や葬式について回答受付中

回答数回答 1
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仏教を少しずつ勉強していると、仏教本来の姿がなんとなく見えてきます。
ブッダとは生きている悟った人を指す言葉であり、釈迦ただ一人を指す言葉ではないこと。
出家は社会に苦を感じた人間が仏道を見出し、自ら進んで行うものであること。
それに伴って得度も生きている間に行うものであること。
釈迦は法灯明を問いたが、専門用語や自分によくわからない言葉でお経などを聞いても意味ないから、分かる言葉で理解したほうが良い、みたいなことも言っていた、ということ。
etc.
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別にこれにそぐわないからといって批判する意図はありません。
ただ、自分は仏道はこのようなものだと解釈している、ってだけです。
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現代の日本の寺請制度からなるお寺の習慣を見ると、全然違います。
一般の人間がわからないお経を読んで、死んだら戒名を半強制的に授け、浄土に行きますよ~ってことがスタンダードみたいになってる。
そういうことじゃないと思っちゃいます。
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私は、死んだら遺体はどうであれ別の物質に変わるだけだから、別にどう扱おうが構わないが、死んだ瞬間に出家したいという欲が芽生えるわけでもなし、そのため戒名は要らないです。
自分の意志で出家したい。
浄土信仰も無いですし。
自分のお葬式も、聞いてもよくわからんお経を唱えるんじゃなくて、現代語訳で、今を生きている人間に向けたちゃんと理解できるお経を読んでほしいと思う。
別に形式を軽んじてるわけではなくて、実際を重んじている、というだけ。
今、この瞬間、生きている人たちが幸せであることのほうがよっぽど大事であるから、そういうお葬式にしたい、というだけ。
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こういう願いは日本で叶えるのは難しいんでしょうか?
葬式の形式も色々になってきたと思うので、こうした願いを聞き入れてくれるお寺さんもありそうな気がします。
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専門家であるお坊さん方に聞くのが正解と思い、投稿させていただきました。

2026年5月18日 14:22
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

即心是仏。

こんにちは。浩文(こうぶん)と申します。

ばじさんのその、仏教に対する姿勢と思い。
仰る通りだなと感じます。

仏道とはこのようなものだと考えていらっしゃる。
今を生きている人のためになることのほうが重要だ。
お寺や戒名、葬式など昔から伝わるやり方やしきたりなどは
必ずしもそうではない、と。

色々な考え方がありますから
一概にどれが正解でどれが間違いかということは断言できませんが、
お寺や戒名、葬式など昔から伝わるやり方やしきたりなどは
当時の人にとってその時を生きている人のための仏教だったのかもしれません。

いやきっとそのつもりで真剣に考えていたのだろうと思います。
今を生きるばじさんが真剣にお考えだったように
当時の誰かが「浄土の教えこそ今を生きる人に必要なブッダの教えだ」と真に迫ったことでしょう。

生きている人が変われば願いも変わる。
叶ったことが他の誰かにとっては苦しみになるかもしれない。

意味が分からないままで
一生を終えるのは悔しいでしょう。

はじさんの思いは
今も昔も変わらぬブッダの姿勢そのものだと思います。

やり方は違っていていいんです。

昔と同じやり方を踏襲するのは
そういう人がいてもいい、というだけですから。

やり方が合わないとき
別の方法を知っていれば探究のしようがあるというものです。

どうかご自分の願いを信じて
救われる道を見つけてください。

南無釈迦牟尼仏 合掌

2026年5月18日 16:47
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