苦難の連続 死にたい回答受付中
いつもお世話になっております。
ここ半年つらいことが重なり、疲れてしまいました。
過去の相談と重複しますが経過をきいてください。
反社の隣人の嫌がらせ副流煙で化学物質過敏症になり、家にいられずホテルやカラオケボックスを転々とし散財。家を売りに出す。アパートで独り暮らし。
5月に結果的には飲む必要のなかった薬でふらつき転倒。後頭部と腰を強打。6月の検査まで安静。雨戸が開けられず暗い中でほぼ寝たきり。20年前の怪我・病気の再発らしい。その時は5年近く寝たきりで20年かけてよくなってきた矢先の出来事。
さらに上階が騒音主で0時過ぎまでうるさい上に3時にお風呂に入りその水の轟音で起こされる。管理会社に伝えるも建物の構造上しかたないのと、入浴の時間制限はできないといわれる。今は体がきかず引っ越しできない。
もう疲れました。たった半年でここまで状況がわるくなり心が対応できません。ヘルパーさんや医療関係者には冷静な対応をしていますがそれもつらいです。
唯一の肉親である高齢の母親は、私が電話でマイナスのことばかり言うのが嫌だと電話にでてくれなくなりました。ほかに話せる人はいません。
生きがいだった習い事に行けず、大好きな先生にお会いできないのも大変つらいです。少ない預金が大変な勢いで減っていくのも不安です。将来公的支援を受けるとしても質の良い住居には住めないと思うとうんざりします。そもそも健康を取り戻せるのか?泣くと頭が痛くなるので能面みたいな顔をして過ごしています。
乗り越えるのは自分しかいないとはいえ、その力がなくなってきました。大変な孤独を感じていますし、自分がいなくなっても世の中変わらないし悲しむ人もいないし碌な未来もないし、逆境を乗り越えるモチベーションがありません。積極的に死にたいというより生きるのがつらいです。
なにかお言葉をくださるとありがたいです。
お坊さんからの回答 1件
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多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今は乗り越えなくていい ― 生き延びることが大仕事の時
ご相談、読ませていただきました。
率直に申し上げて、あなたはよくここまで持ちこたえてこられました。
病気、怪我、住環境、騒音、経済的不安、孤独、将来への恐怖。それぞれ一つでも人を追い詰めるものなのに、この半年でそれが幾重にも重なっています。今「疲れた」と感じるのは当然のことです。
そして今のあなたは、弱くなったのではなく、長い間ずっと踏ん張り続けて、力を使い続けてきた状態なのだと思います。
「生きがいだったことができない」「話せる人がいない」「先が見えない」、これが苦しさをさらに深くしていますね。
ただ、ひとつ申し上げたいのは、今のあなたに必要なのは「逆境を乗り越えるモチベーション」ではないように思います。
今は乗り越える時期ではなく、壊れないことを目標にしても良い時期ではないでしょうか。
親鸞聖人は、人は強いから生きられるのではなく、むしろ思い通りにならない身であることを見つめておられました。
苦しい時、「頑張らなければ」と思うほど、人は自分を責めやすくなります。
ですから今は、
「今日一日を終えた」
「少し食べられた」
「連絡を返せた」
それだけでも十分な仕事をした、と数えてください。
そしてもう一つ。
「自分がいなくなっても悲しむ人はいない」と書いてくださいましたが、少なくとも今こうして苦しみを言葉にして届けようとしたあなたの中には、「まだ誰かに繋がりたい」という力が残っています。
その力が完全になくなっている人は、相談を書くことすら難しくなります。
今は未来を信じられなくても構いません。
まずは、今日を終えること。
その繰り返しで十分です。
あなたは今、人生を怠けているのではなく、生き延びるための大仕事をしているのです。合掌
どうしても辛い場合は
https://bouzsanga.org/
こちらのサイトで手紙相談を受け付けています。hasunohaは一回の返信しか出来ませんがここでは何回でも往復書簡で対応いたします。



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