夫への不信感、怒りと迷い
結婚30年目のパート勤めの主婦です。昨年夫の風俗通い、出会い系で出会った若い子との浮気を彼のPC、携帯から見つけました。
問い詰めると、2年ほど遊んでいたそうで、資金は自分の生命保険の貸付金を出して使っていました。
クレジットカードも出会い系で騙されたのか、大金の請求がきたこともあり、昨年でおよそ100万使っていました。
生命保険は末娘が大学入学したので学費にあてにしていたお金でした。
愕然となり、離婚届を突き付けたら、もう2度と裏切らない、愛しているのは私だけで、ただの遊びだから、離婚はしないと言い全ての登録も消し、きっぱりとやめたようです。
家事も手伝ってくれ、いいパパになりましたが、かと言って私は夫を許すことも信じることもできず、女の子たちとのメールを思い出したりするたびに涙がでます。
簡単に忘れられるはずもなく、制裁を与えてやりたいと思うばかりですが、
この歳で、1人でやっていけるかどうかも不安でいっぱいです。
少しの貯蓄があるのですが、娘が無事卒業したら、別れようかと考えたり
私さえ諦めたら、いい旦那に戻ってくれた彼と一緒に生きていけるのか、
と考えたり、迷いでいっぱいです。
やはり女は夫の「遊び」には、目を瞑るべきなのでしょうか?
娘の学費にも、家計も苦しくなり私は仕事時間を増やさねばならず・・・
何度もウソをつき、裏切っておきながら何事もなかったように、笑いかけてくる夫ですが私は一生裏切られた思いは消えません。
夫への不信感、怒りと迷い
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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恨みについて・・
yu様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
お気持ち誠にお察し申し上げます・・
裏切られたことへの恨み、憎しみ・・当然でございます。当然ではございますが・・仏教ではやはり良くない煩悩となってしまいます・・
「感興の言葉・ウダーナヴァルガ」(中村元氏訳)・岩波文庫・第14章・「憎しみ」から・・
「実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みの息むことがない。堪え忍ぶことによって、怨みは息(や)む。これは永遠の真理である。」
「怨みは怨みによっては決して静まらないであろう。怨みの状態は、怨みの無いことによって静まるであろう。怨みにつれて次々と現れることは、ためにならぬということが認められる。それ故にことわりを知る人は怨みをつくらない。」
仏教では、恨みを持っている、その者に対して、忍耐してその怨みを無くすことのみならず、慈悲の思いを向けることによって、怒りや恨みなどの煩悩を対治した上で、更なる善い行いへとつなげることもお勧め申し上げる次第となります。
煩悩、無知によりそんなことをしてしまう者を憐れみ、慈悲をかけてあげて、何とか慚愧、懺悔、反省、謝罪、そして償いを促し、その者の悪業を無くしてあげられるようになさられることも大切な善い行いとなります。
今はまだ恨みを無くすことも、慈悲を向けてあげることもできないかもしれませんが、少しずつでも仏教を学ばれながらにでも、上記のことについてお考えを賜れましたら有り難くに存じます。
善処を祈念申し上げます。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
お忙しい中、回答頂きありがとうございました。
やはり、恨みを持ちながら生きていく、ということはこの先私に幸せは無い、ということなのでしょうか。
今はまだ、おっしゃるとおり、恨みを無くすことも、慈悲の気持ちも全く持てませんが、いつか時間がたつに連れ、夫を許せる心を持つことができるでしょうか。
確かにそうすることが、夫も懺悔するでしょうし、私達家族も幸せでいられるでしょう。
そんな日が来るのを楽しみに、日々に感謝の心をもちながら、過ごしていきたいです。
貴重な言葉を頂きありがとうございました。