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幸せになる方法が知りたい回答受付中

ハナ女性/20代
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有り難し有り難し 1

私はこれまで、幼少期の養父からの虐待、長年にわたる父親との関係に深く傷ついてきました。「自分か相手が死ぬかしないと解決しない」と思い詰めるほど精神的に極限状態にあり、ただ普通に幸せになりたいのに、その幸せすら分からなくなっています。
誰でもいいからと思い婚約しても、幸せな家庭のイメージが持てず、直前で破棄をしてしまうなど自分の人生を進めることができません。
少しでも前を向くきっかけを得たい一心であるお寺に相談に向かいました。しかしそこでは、「他の人の方が苦しい」「そんな気持ちは捨てなさい」といった否定や説教をされ、自分の苦しみを軽視するような対応を受けて大きな傷と深い絶望感を抱く結果となりました。養父を恨む気持ちを簡単に捨てられていたら相談になどいきません。簡単ではないから苦しいのです。
説教や感情の否定をされることなく、仏教本来の視点や教えに触れながら、幸せになる方法、父親との関係から物理的・精神的に離れるための具体的な支援について相談したいと考えています。

2026年7月27日 21:19
ハナ女性/20代
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分の心を守りましょう。

壮絶な体験を打ち明けてくださり、ありがとうございます。

幼い頃、本来であれば安心できるはずのお父さまの存在が、恐怖の対象であったこと。

その苦しみは、私には想像しきれないほど深いものだったと思います。

「忘れなさい」「捨てなさい」と言われて忘れられるのであれば、誰も苦しみません。

苦しいからこそ、お寺へ相談に行かれたのですよね。

それなのに、そのお気持ちを十分に受け止めてもらえなかったことは、とても残念なことでした。

私は、無理に許す必要はないと思っています。

仏教は、無理に感情を押し殺す教えではありません。

苦しみがあることを認め、その苦しみとどう向き合っていくかを大切にする教えです。

私自身も親族との係争を経験しています。

「許そう」と思っても許せないことがあります。

「忘れよう」と思っても忘れられないことがあります。

だから私は、自分のために距離を置くことを選びました。

相手のためではありません。

自分の心を守るためです。

恨みの気持ちが湧いてきても構いません。

ただ、その気持ちに一日中、自分の心を支配されるのは、とてももったいないことです。

「ああ、またこの出来事に心を奪われてしまった。」

そう気づいたら、少しずつ意識を今の自分の生活へ戻してみてください。

それを何度も繰り返していくうちに、心は少しずつ傷から距離を取れるようになります。

幸せとは、過去を忘れることではありません。

過去があっても、今日一日を穏やかに過ごせる時間が少しずつ増えていくことではないでしょうか。

どうか焦らないでください。

あなたはこれまで十分すぎるほど苦しんできました。

これからは、ご自身の心を守るために生きてください。

その歩みを、仏さまは静かに見守ってくださっていると私は信じています。

南無阿弥陀仏

2026年7月28日 0:22
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浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向きに楽しく愉快に生きていくためのヒントを自分自身も考え続けながら、また少しでも皆さんのお役に立てればと考えています。できるだけ、わかりやすく簡単にお答えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。現在も整骨院をやっていますが、医療福祉関係の仕事に長年従事してきました。他に、知的障がい者施設の仕事に関わらせていただいています。また、イジメや引きこもりなど子どもたちのために何かできることがないか、現在模索中です。フリースクールをお寺で開講予定しています。仏教特に浄土学は死ぬまで研鑽だと思っていますが、居眠り専門なのが、課題です。

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