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幸せになってもいいか回答受付中

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何度も失礼します。僕はこれまでたくさんの過ちを犯してきました。けれど今でも幸せになりたいと思い、生きています。今は感謝の気持ちも持てるようになりました。
そこで質問なんですが、僕はもう幸せになってはいけないのでしょうか?

2025年5月21日 18:43

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご相談ありがとうございます。
何度でも、どうか「失礼」だなんて思わないでください。その一言の奥にある、あなたの真剣な思いと問いかけを、私はとても尊いものだと感じています。

あなたはこれまで、たくさんの過ちを犯してきたとおっしゃいました。でも、それを「過ちだった」と認め、「それでも幸せになりたい」と願い、「今は感謝の気持ちも持てるようになった」と語られた。

その姿こそが、人間として本当に尊い歩みだと思います。

仏教にはこういう考え方があります。
「悪を犯したからといって、救われる資格がなくなるのではない。むしろ、自らの弱さを知った人こそ、仏の光に最も近い存在である」と。

お釈迦さまは、人間を「凡夫(ぼんぶ)」と呼びました。煩悩(怒り、欲、愚かさ)から完全には逃れられない、迷いの中に生きる存在、それが、私たち人間の本質です。

あなたがどんな過ちを犯してきたとしても、それを振り返り、「幸せになりたい」「感謝を持てるようになった」と心から願っている今のあなたを、仏さまが見捨てることは決してありません。

だから、答えは明確です。あなたは、幸せになっていい。いや、それどころか、幸せになってほしい存在です。

過去がどうであれ、あなたが「いま、どう生きようとしているか」。

仏さまはその心に耳を澄まし、常にそばに寄り添ってくれていると、仏教では教えられています。

そして、ここまで来るのは、簡単なことではなかったはずです。過ちに向き合い、悔やみ、それでもなお生きようとする。その歩みは、誰にでもできることではありません。

あなたのその誠実な心を、どうか誇ってください。

どうか、あなたのこれからが、
静かで温かく、安らぎのある道になりますように。

仏さまは、あなたを責めるためにではなく、救うためにこそいるのです。あなたが「幸せになりたい」と願う限り、その願いは、すでに仏の願いとひとつになっています。

またいつでも、思いを聴かせてください。

2025年5月21日 21:05
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有り難し
おきもち

広島の山あいで、今日も「なんまんだぶつ」とつぶやいています。 浄土真宗本願寺派の僧侶、ケンコウと申します。 日々の中には、言葉にならない思いや、誰にも言えないもやもやがあるものです。 そんな時こそ、仏さまの教えが、ふっと心に灯りをともしてくれることがあります。 この「はすのは」では、あなたの声に耳を傾けながら、一緒に“いま”を見つめ直す時間をつくっていきたいと思っています。 堅苦しくなく、あたたかく、時にゆるく。 どうぞ、あなたのお話、聞かせてくださいね。

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