どうしようもない事柄回答受付中
自分では、どうしようもない
大問題にぶち当たっています
すごい不安の中生きています
人は必ず救われるモノなのでしょうか?
必ず乗り切れるモノなのでしょうか?
怖くて怖くて
苦しい時の神頼みと言われるでしょうが
毎日、仏壇に祈っています
神様、仏様は
必ず救ってくれるでしょうか?
統合失調症です。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
補助輪が仏様。
ご相談を読ませていただきました。
神様や仏様というのは、自転車でいう「補助輪」のようなものだと思います。
自転車を漕ぐのは自分です。
行き先を決めるのも、ペダルを踏むのも自分。
でも、ふらついて倒れそうになった時、そっと支えてくれるものがある。
それが神様や仏様なのではないでしょうか?
そして、その手は必ずしも「神様です」「仏様です」と名乗って現れるわけではありません。
困っている時に声をかけてくれた人かもしれない。お医者さんかもしれない。家族や友人かもしれない。偶然出会った言葉かもしれません。
その時には分からなくても、何年か経って振り返った時に、
「あぁ、あの時あの人がいてくれたから、今ここにいるんだな」
と、初めて救われていたことに気づくことだってあります。
だから、「これから悪いことが起きたらどうしよう」「自分に乗り越えられなかったらどうしよう」と、まだ来ていない未来ばかりを恐れなくてもよいのだと思います。
それよりも、今、自分のそばにあるものを見てみてください。
今日食べられたこと。眠る場所があること。話を聞いてくれる人がいること。そして、怖い時に手を合わせられる場所があること。
当たり前に見えるものの中にも、案外たくさんの「有り難い」があります。
もちろん、これから転ぶこともあるでしょう。失敗することだってあります。
でも、転ばないことが救いなのではありません。
転びそうになった時、もしくは転んだ時に差し出される手があること。そして、その手を借りながら、もう一度自分でペダルを踏めること。
それもまた、神様や仏様の救いなのではないでしょうか。
神仏に人生の主体を預けなくてもいいんです。
あなたの人生ですから、主人公はあなたです。
その隣には、いろいろな姿を借りながら、神様や仏様がおられる。
そんなふうに考えながら、まずは今日、自分で踏める分だけペダルを踏んでみてください。


