安心を求めて探してしまう検索や動画回答受付中
こんにちは。今回は真面目な相談をさせてください。
これは、初めて携帯を手にした時からの話です。
当初は携帯の音楽をダウンロードして聴き、心も身体もリフレッシュしていました。しかし時代の変化からAIも日常化し、私もその時代に流れていくかのように変わった気がします。
(不安定な時はAIに聞いてみる。)というのも、身体の不調とか不安な事など、いつも検索機能でAIに聞いて、安心を求めました。しかし、AIは医者じゃない。私は承知の上…のつもりですが、家族に言えない症状などあればすぐに検索し、心が安心する情報を探してしまいます。これだけで済めばまだマシですが、私の手は動画にも…。
何かあると、すぐ動画でも検索し、安心できるニュースを探してしまいます。それくらい心に余裕がないのは自分でも理解していますが、家族にも友達にも誰にも、言えていないのが悩みです。心に余裕を持たせる為に、今の私には何ができるでしょうか?
今は心療内科医に話をしても、音楽を聴いても、軽く流れる日々で心の隙間が埋まりません。些細なものでもかまいません。どうかアドバイスをよろしくお願いします。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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良薬は口に苦し
AIに頼らないことです。
自分の観察力、感性、知識を大事にしてくださいね。
家族や友達や医師など人間の言葉を大事にしてくださいね。
昔から良薬は口に苦しといいます。
AIの傾向として甘い薬ばかりになりますから、それだけを頼りにしてはいけません。
ちゃんと人間(自分、家族、友達、医師)の苦い薬(観察、言葉、知識)も飲みましょうね。
情報過多の時代
こんにちは。既に10年以上前の『人は見た目が9割』という本に、「現代は、人間が処理できる量の何倍もの情報に、日々晒されている」とありました。
情報源も多くなり、手軽に触れられ、「全てを見切った」ということもない。そんな時代に必要なのは、お気づきのような「情報から離れる勇気」です。
①安心を外に求めないで、自分の体を観察しましょう。不安の理由が分かったところで不安自体が消えるわけじゃないので、「ああ、私は胸の辺りが苦しいんだな」と、苦しさを身体に引き寄せる。
②デジタルを持たない一日を作る。私もこの間、偶然スマホを忘れて出かけしまい、最初はドキドキしましたが、じきに慣れて過ごせました。一日ぐらい連絡が取れなくても、社会はちゃんと動きます。
③「こころの隙間」と「余裕」をどのように捉えているか分かりませんが…
隙間を埋めたいならご真言(私ならお念仏)、余裕があるなら「他者にいいことを」がよろしいかと存じますよ。
④とは言え、「まちがえたくない」から来る「過剰な確認試行」は、私にも身に覚えがあります。ある時「あー!俺にとってピッタリ来るのだけ来い!」と思ったのですが…来るようにならなかった。
そんな、自分の経験から出た「身体で受け止める」であることを、告白します。


