人を恨む気持ちをやめたい
先日こちらで相談させていただきました。お言葉をいただき、なんとか踏ん張って生きていこうと思ったのですが、うまく気持ちがついてきません。
どうしても人を恨んでしまうのです。
親、兄弟、前夫、前会社の人たち。
恨む気持ちが消えません。
自分にも悪いところがあったのかもと、頭ではわかっていて、人を恨んでてはこの先いいことなんてない、こんな自分は最低だとわかってます。
でもどうしても思い出してしまい、辛くなり、自分で苦しみを与えてしまいます。
病気で苦しんでおられる方に申し訳ないのですが、もう私の人生なんていいかと思っています。
生きていても意味がありません。
こんなにも人を恨んで生きていく人間なんて最低です。
人を恨む気持ちのやめ方、なく仕方をご教授ください。
もうこの自分では無理です。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
どんな あなたでも、生きていいのです。生きる目的も見つけて。
あなたの経験から、今このような状態になっているのは「あれが原因。あの人のせい」というのも間違っていません。深く傷ついた分、恨まずにはいられませんよね。
ただ、そんな人たちのせいで、あなたの人生をこのまま奪われていいのでしょうか。憎んだままでも、相手を許せなくてもいいから、あなたの人生を思うように生きてみませんか。誰かと一緒に楽しみを求めるのも一つですが、自分ひとりの時間だって充実させることができる。そんな過ごし方の中にも、特別や価値を見出していきませんか。
どんな あなたでも、生きていいのです。
ダメだ、やめようと思っても、感情や記憶はコントロールが難しい。ですが、自分を大切に思ったり、自分を休めてあげる、喜ばせてあげることなら、できるのではないでしょうか。何かに関心を寄せてみませんか。何かに夢中になれるものがあれば、これからに、生きる目的も見つかってくるのではないでしょうか。
恨むのも人間。悔しいのも人間。それでも、幸せになりたい。そう願うから、苦しくもなる。支えが欲しい。頼りたくなるのも私たちなのです。
どんな あなたでも、生きていきましょう。何かを見つけて。それを頼りにしましょうよ。
私は、毎月1日に、死にたい気持ちを抱えた人の居場所をオンライン上で開催しています。そこでの繋がりもまた一つ。そうやって、あなたの生きる場所、言える空間を増やしていくのも有りじゃないかしら。
みんな、見えない苦悩があるものです。だからこそ、寄り添い生きていく場所を探す。あなたも、一人きりだと思わないで。こうして、繋がっていますよ。
止めるよりも、ご供養しましょう。
こんばんは。質問を拝読して、「浄土宗向きだな」と思います。もちろん考え方として、の話です。
私達は「南無阿弥陀仏」をお称えします。「念仏をお称えすると、阿弥陀仏が救ってくださる」というのはお聞きになったことがあるかと思いますが、これを詳しく話しますと、今のあなたにピッタリだと感じるのです。
お称えするとき、どんな気持ちでいるのか。それは「凡夫の自覚」つまり、「自分には煩悩があり、それを断じることができない。それから逃れることができない」と深く信じることです、まさに「もうこの自分では無理です」に気づくこと。
そもそも恨む、というのは自然な心の動きでもあります。何らか「辛い・思うようにいかない」時に、「あの人が…」という理屈を作り出すのは、自分を守ることですね。自分で自分を見限らないための、生きる為の反応と言ってよいでしょう。
しかし、良いものでもない。あなたがお気づきの通りです。
ですから、「恨みの心が生じたら、それを流す回路を作っておく」…私はこれを供養と呼びたい。供養というのは元来「もう自分の手が届かないことについて、それでも何とか納めていく」ということです。故人にはもう手出しできないけれど、それでも「何もできない」ではない。同じように「良いものでもないが、生じてしまう」恨みの心を、どう扱うか。その筋道を決めておきましょうということです。
具体的には、何か恨みの心が生じ、それを感知したら、「ああ、自分は確かに凡夫なんだ。煩悩を断じることができないんだ」と名づけ。そして口に「南無阿弥陀仏」と称えます。阿弥陀仏という仏さまは、そういう「煩悩を断じることができない人でも、名前を呼んでくれれば助けますよ。任せてください」と宣言している仏さまです。
一度称えて、それでも恨みが残っているなら、「ああ、まだあるな」と、また南無阿弥陀仏。消そうと力む必要はありません。出てきたら称える。また出てきたら称える。その繰り返しです。不思議と思うでしょうけれど、この「口に南無阿弥陀仏と称える」という行動が、「それでも私を救ってくれる」という言葉に実感を与えてくれます(私の実体験として、そうです)。気が済むまで南無阿弥陀仏。どうぞこの回路を、使ってみてください。
穏やかに生きるために
拝読させて頂きました。
あなたがどうしても人を恨んでしまうことを読ませて頂きました。
あなたは親•兄弟•元夫•会社の人達を恨んでしまうのですね。詳細なあなたや皆さんのことはわからないですが、あなたのその思いとても伝わってきます。お気持ち心よりお察しします。
生きていく中ではどうしても人とのトラブルもありますし、人からひどいこと言われたりされたりします。どうしても怒りや憎しみや恨みや呪いや殺意を抱いてしまいます。それは人間ですから当たり前なのです。
私達は仏様でも神様でもありません、小さな愚かな存在ですからね。あなたがそう思うのも自然なことです。
あなたのその思いを仏様神様あなたのご先祖様に心から手を合わせありのまま告白なさって下さい、あなたの心の中から湧き上がる思いを心から仏様神様ご先祖様に一つ一つ思いつくままにお伝えなさって下さい。あなたの怒り憎しみ恨み呪い殺意をしっかりと仏様神様ご先祖様に受け止めて頂きましょう。
仏様神様ご先祖様はあなたの思い全てを優しくお受け止めなさって下さいます。あなたの心に寄り添って下さいます。
あなたは仏様神様ご先祖様に受け入れて頂きながら少しずつ怒り憎しみ恨み呪い殺意を手放していくことができるでしょう。
そしてあなたに仏様神様ご先祖様から慈しみや智慧が与えられていくでしょう。
あなたが仏様神様ご先祖様に受け入れられて、怒り憎しみ恨み呪い殺意を手放していくことができ、毎日を心から安らかに穏やかに生きることできますように切に仏様神様ご先祖様にお祈りさせて頂きます。そしてあなたを心より応援させて頂きます。至心合掌
質問者からのお礼
佐藤良文様 ありがとうございます。
全く眠れず辛い中、佐藤様より回答いただき大変ありがたく涙が出てきました。
南無阿弥陀、何度も称えてみます。
ありがとうございました。
Azuma様 ありがとうございます。
毎日お仏壇の前で手を合わせてはいますが、こんな私が仏様の前に座るのはどうかという気持ちでおりました。
心のまま、自分のまま、手を合わせるようにいたします。
ありがとうございました。
中田様 ありがとうございます。
生きていいと言ってもらって心が少し軽く感じました。
人を恨んで生きてるなんて最低だし何より自分が辛い。
しっかり向き合ってみようと思います。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
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