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潰れていくお寺。存続は合理不合理ではかれない

私の生まれたお寺は1577年(天正5年)の開創です。現在に至るまで27代の住職を歴代の祖師方が務まれた記録が残っています。

ざっと440年経っていますが、血筋も師弟関係もバラバラ。

その間、何十年も無住職の時代を、住職資格を持たない和尚さんや小僧さんが維持に励んだとあります。

最初だけではなく、440年ものあいだ、それは頻繁にあったのです。

戦国、江戸、幕末明治維新、日清日露、太平洋戦争、高度経済成長、バブル崩壊、オウム事件、リーマンショック、そして東日本大震災、

目まぐるしく変わっている情勢、主義のなかで
それでもなおバトンを繋ごうとした、繋ぎたいと思った歴史があるんです。
たとえ小さなお寺であっても。

それをたかだか何十年しか生きていない私たちの考え方ひとつで潰していいものでしょうか?

合理化がいけないとは思いません。
でも私たちは「合理か不合理か」だけで生きているわけではありませんから。

無住のお寺を維持しているのは、
「維持したい人がいるから」
その情熱だけだと思います。
至ってシンプルではないでしょうか。
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有り難し
回答僧
質問
なんで無住にしておくの?
少子高齢化や東京一極集中で地方のお寺がどんどん成り立たなくなっています。 それはわかります。ですが、無住になったらなぜそのままにしておくのでしょうか?当家のお寺も、住職が住んでるメインのお寺のほかに2箇所兼務で持っています。本体でも食えないから副業してるのに、兼務寺院が財政に寄与してるわけありません。 素人考えでは、遠隔地に建物を維持するのも大変だし、給料どころか光熱費すら賄えない名前だけのお寺はメインの中核寺院に全部まとめて潰しちゃえば効率的だと思うのですが(名前だけをお堂やスペース等で残せばよくありませんか?仏像も一箇所に集まれば豪華でしょう)そうはなっていません。今後経営が好転する可能性が全く無い場所で、無住のお寺を日本中で維持しているのは不合理だと思うのですが、これってなんでなんでしょうか?(有名な札所だから、というケースは無しで)
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