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ご近所トラブル

回答数回答 2
有り難し有り難し 19

ご近所に45才位の一部上場勤務の男性がいます。
6年位前からエレベーターで一緒になるとニタニタして私が降りるまで見てます。

事の原因が15年ほど前にその男性の子供に娘が顔にけがをさせられました。
3ケ月ほど治療に為通院をし完全に傷がわからなくなるまで1年程かかりました。
先方には注意だけにして治療費・慰謝料を要求しませんでした。
しかし先方は「子供のやった事でうるさい」と言う意味合いの事を言われました。
当然先方から謝罪さえもありませんでした。

幸い小学校では、同じクラスにならずに卒業を迎えましたが、その間にも
先方の子供から嫌がらせはありました。
その都度、担任から先方の子供の担任へ言ってもらい注意をしてもらいました。

そのたびに先方の父親が会うと睨みつけてきました。

中学は、接点が無いように私立に入れ、これで完全に関わらないで済むと思って安心しましたが、、ゴミだしや買い物帰りに先方の父親とエレベーターで会う事もあり、そうすると今度は他に人が乗って無いときは、私の方を
向いてニタニタ降りるまでしています。
それ以上の事は、ありませんが本当に嫌な気分になります。
これから先もこういう事が続くのかと思うと憂鬱になります。

警察に相談しても実害がない以上動けないと言われました。
どうしたらこのような事が無くなりますか?
相手は何を考えているのでしょうか?
アドバイスをよろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ワシからは避けるしかありません。とアドバイスできません。

 取り敢えず、避けましょう。ゴミ出し、買い物は階段を使いましょう。ダイエットにもなりますよ。名付けて「先方のお父さん避けるダイエット」。ゴミ出しの後その足で買い物に行くと時間がかなりずれますよ。近所の奥様方と一緒にゴミ出し、買い物に行き、なるべく、家まで一人にならないのもいいと思いますが。それでも付きまとわれるなら、これは一種のストーカー行為なるかもしれませんので、専門機関(警察、市役所、弁護士)などに相談しましょう。
 取り敢えず今はそれしかワシにはアドバイス出来ません。

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目指せ!となりのお坊さん あなたの小さな悩み相談お答えします  私があなたの悩みを解決するのではありません あなたの悩みを解決するお手伝いを私がするのです ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。
ここだけの話し  どんな些細な質問でも回答します! ・私の目指す僧侶は一休さんのようなちょい悪坊主です。時には常識にとらわれずとんでもないことを言いますが、しっかり受け止めて下さい。私もしっかりとあなたの質問を受け止めたいと思います。 ・先ずは30分からで、システムに慣れたら時間を延ばしたいと思います。

互いに子供は大事

一部上場勤務そういう要らぬ情報や立場、肩書き抜きに本当に素直なコミュニケーションができればすべて丸く収まるものです。
わたしがアナタだったらご主人にお願いして、家族みんな、もしくは大人だけで出かけて菓子折りを持って、あえてこちらからオトナなオフィシャル謝りにおもむきます。
「急な訪問で大変申し訳ございません。…実は、かつて、おたく様と、子供の事で色々ありましたが、その折は本当に申し訳ありませんでした。最近になって色々と反省されることが多く、ついわが子ばかりが大事に思えてしまい、お子さま、お父様、ご家族のみな様には大変不愉快な思いをおかけしてしまいましたことを心苦しく思っていました。申し訳ありませんでした。ご近所でありながら、なかなかこの事を申し上げられずにおりました。
 もちろん、子供のこととはいえ、けがをさせた向こうも悪かった訳です。ですが、あちら側からして見れば、何らかの主張もあったと思われます。
親という大人は子供を想えばお互いみな正義になるものです。、
その部分の大人同士の不完全コミュニケーションが解決されれば、互いに明るくなります。
「子供のこととはいえ、親のわたし共が口出すべきではありませんでした」といって、素直に相手の反応に耳を傾けてみましょう。
こちらがそこまで譲歩して誠意を見せても相手が不穏な、どう考えても❝おかしな❞反応が返ってくれば、それは今後、平野さんがおっしゃられるように関わりを持たないほうが良いでしょう。
ご近所さんは、ちょっとした行き違いでややこしくなります。
今後も上手に付き合うべき存在ですから、不完全であったコミュニケーション、明らかにされなかった部分を明かせば互いに蟠りは張れると思います。
ニヤニヤの正体は、あなたに対する感情や警戒を隠すためのものです。
本当は言いたいことは向こうにもある、あったのだと思いますよ。
大人がキチンと大人らしくかけ引きや損得勘定抜きに謝る事も子供の教育の上で大事なことです。
こちらに非が無くても、関係をややこしくさせないために、あえて謝るという大人的誠意を示すことで、状況は最低でも数センチでも変わるものです。
あなた方は誠意を尽くした、にもかかわらず、それでも相手が不服に思っているのであれば、それは相手が独善的であるというだけのことです。

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

大鐵様
 ご回答有難うございます。
ゴミだしの時間調整と休日の買い物はなるべく夫と一緒に行ってもらい
なるべく遭わないようにしたいと思います。
後日弁護士の相談会に行って相談してみようと思います。

丹下様

  ご回答有難うございます。

「親という大人は子供を想えばお互い皆正義になる」との言葉胸に響きました。

先方への対応をもっと考えてみたいです。

ありがとうございました。

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