おばあちゃんを怪我させてしまった
一緒に暮らしているおばあちゃんと口喧嘩をしたはずみで、思わず手が出てしまいおばあちゃんを転ばせてしまい1日検査入院する程の怪我をさせてしまいました。
打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない、自分はなんて酷い事をしてしまったんだろうと死ぬ程後悔しています。今年の6月に祖父を亡くし、やっと落ち着いた頃なのに大変な事をしてしまいました。何より最低なのが、おばあちゃんに今すぐ死んでしまいたいと言わせてしまった事です。
今まで好き勝手しておばあちゃんには迷惑ばかりかけてその仕打ちに怪我までさせて追い詰めてしまいました。今までもついカッとなって叩いたりしてきた酷い孫です。叩いた後は後悔するのにまた繰り返してしまいます。
こんな自分が嫌で仕方ないのに、怒りの衝動を抑えられません。自分が恐ろしくておばあちゃんと話すのが怖いです。
おばあちゃんの事は大好きです。優しく接することを何度も心掛けました。大切にしたいと思うのに、酷い事を言ってしまったり手もだしてしまいます。どうすればおばあちゃんとまた普通に接する事ができるのでしょうか、、お願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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自分も辛いから我慢する
あ~…手が出ちゃいましたか。それはいけませんね。うん、ダメ。ひとりさまも人間ですから感情的になっちゃうのは仕方ないとしても、手は絶対に出しちゃダメです。その後悔は生涯しっかりと覚えておきましょう。その後悔が次にカッとなってしまった時に自分を止めてくれます。
でも、だいたい死にたい死にたい言う人は本音ではありませんから、まぁ、きっと大丈夫でしょう。
そしてこのように知りましょう。
「他人に怒りを向けると相手だけではなく、自分自身も傷つく。だから愚か。」
どんなに優しい人でも怒るときは怒ります。普段は優しいこととカッとなったら止まらないことは両立できてしまいます。だからお祖母さんと優しく接するのは優しく接するのでやっていくとして、それとは別に怒りを我慢する術を身に付けねばなりません。そのために「あ、そろそろカチンときそうだな」と思ったら、心の中で自分に「怒ったら後悔する。愚かなことはやめるんだ!」と言い聞かせませしょう。
我慢するのはしんどいことです。でも、我慢しないと比べ物にならないくらい辛い思いをします。そう思えば、我慢できる気がしますでしょう?
それ以前に「この話題はきっとカチンとなる流れだ」と感づいたら話をそらすのも大切です。人間は誰だって感情で失敗して感情に後悔するものです。お坊さんだってそうなのですよ。だから感情的にならない方にベクトルを持っていくのは大切なスキルなのです。性格を変えるのは時間がかかるけど、上手に立ち回るのなら比較的早く身に付きますから。
もしもお祖母さまだけでなく、誰に対しても感情をコントロールできないなら心療内科に行くべきかもしれません。心のブレーキが効かなくなる病気というのがありますから。
自分のした過ちを、知らされたことは素晴らしいことです
仏教では、仏様に対して自己の過ちを告白することを、懴悔といいます。
これは非常に尊いことです。
あなたは、自分のしてしまったことを、冷静に懴悔できていると思います。
また、同じ過ちを繰り返したくないと願っています。
これもまた非常に尊いことです。
われわれ、真宗の僧侶だったら、あなたの今の気持ちを聞いて、「阿闍世の物語」を連想する人が多いと思います。
阿闍世は、王子なのですが、父の王を殺してしまったのです。
その罪を、お釈迦様の不可思議な力、光に照らされることによって、気が付かされ、自己の過ちを、仏に懴悔したのです。
そして、これからは、仏弟子として生きるのだと、自らの生き方を大転換したのです。
(これを仏教用語で回心といいます。)
あなたは、懴悔し、回心していると私には思えます。
あなたを、懴悔させ、回心させた、なにか不可思議な力があなたにはたらいているのは間違いないと思います。
その不可思議な力を真宗では「本願力」とか「阿弥陀さん」と呼んでいます。
質問者からのお礼
回答いただきありがとうございます。
怒りを制御できなくて何度もあの時こうしていれば‥と後悔してきました。
目の前の感情だけに惑わされる浅はかな自分を変えれるよう、
大切な人の為にも努力していきたいです。
本当にありがとうございました。