母の秘密はそのままにした方がいいですか?
私は70歳前後の両親と同居しています。
最近、母の様子か少し違うような気がしていましたが、少し調べるどうやら兄にお金を渡したようです。通帳が空になっており、母のケータイに兄からの着信と引き出し日が一緒なのでわかりました。
兄の会社の経営がうまくいっていないのは知っており、母には絶対兄にお金など貸してはいけないとよく言っていたのに。私が勤めに出ている間のことでした。
少しでも力になりたいと言う母の気持ちが痛いほどわかります。
ただ、兄は躁鬱病と診断され、お金は湯水のように無駄に使っていることも私は知っています。母は兄の病気は知りません。
私と兄は関係がうまくいっていないことを知っているため、母は私にこのことを隠しています。もしお金を渡したら私はこの家を出ていくと断言してるので、この先も私に言うことはないと思います。
母がこの先も少ない年金を貯めてまた兄に渡してしまうのはとてもかわいそうで。
でも、母の気持ちを尊重し、このまま母の秘密はそのままにしておいた方がよいのでしょうか。
検討違いな相談とは思うのですが、私の心が張り裂けそうで…
助けてください。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お母様の携帯と通帳をみるのは
親子とはいえ、無断で、通帳をみたり、携帯をみたいするのは、あまりよいこととは思えません。
お兄様の躁鬱病とそれにともなう浪費は、お母様にも伝えたほうがよいと思います。
『お詫び』
投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。
代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。
『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。
大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。
道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。
その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうか友恵様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。
願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道
合掌
質問者からのお礼
佐藤さま、妙香さま、回答ありがとうございました。
母は20年前からうつ病を患っていて、兄の病気を私が知ったのは昨年。母は最近ようやく落ち着き、それもあってなかなか兄の病気を打ち明けられず、現在に至ってしまいました。
説明が足りず失礼いたしました。
母は私が守りたいと言う気持ちが行きすぎて、してはいけないことをしてしまいました。
これから先を見つめ、家族や、公共機関を利用し共に策を考えていきたいと思います。
早々の回答ありがとうございました。


