お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

多様性のある啓示による雑念について

まずは閲覧して頂き感謝致します。

私はここ数年、俗にいうツイてないことが余りに続き道を見失うことがしばしばあります。簡単に内容を書きますと
互いの為にならないと離婚を切り出してから五年、別居して四年、去年の暮れにやっと籍は抜けましたが今だに相手の全ての生活費を支払っていて、自立してくれません。弁護士さんにも相談しましたがあなたはやれる事をやり尽くしているから相手の自立を待ちながらリラックスしてくださいと言われました。その間、当初そんなつもりはありませんでしたが心が弱っていたからもあるとは思いますがすごく心を癒してくれて通じ合い補い会える女性に出会いましたが昨年夏に離婚問題の長期化による心離れにより事実上別れた形になっております。彼女に対しては性格上、我ながら執着が強く、仏心とは人の為、自分を中心とするなとの教えに身勝手に共感し、本気で彼女を幸せにしたいと、それが自分の幸せと神様仏様にお縋りする毎日です。離婚同様これが縁というものでしょうか。エゴともとれますし。現在は彼女の為に全ての力を注いでいると言っても過言ではなく、またそれが生きる支えになっています。
その他、肺の病で入院、癌の疑い、仕事量の平準化の名目でやり甲斐を会社から取り上げられる、食べているのに半年で10キロ以上痩せるなどがあります。

長々と喝をいれられるようなことを書きましたが、お伺いしたいことは、世の中には仏教、神道、陰陽道、風水、はたまた多様な占術などがあります。
これらの中で六星占術において私は大殺界の真ん中に位置していて、ただ耐え何もしてはいけないとあります。転職も恋愛もなにもと。これらを完全に無視すること難しく、しかし行動し、前に進まなくては見よう見真似で坐禅をしているとはいえ精神的にまいってしまいます。
このような際は何を信じどう心を保ち、行動すれば良いのかご教示賜りたく存じます。

有り難し 9
回答 2

質問投稿日: 2015年5月10日 11:49

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

願誉浄史

煩悩チェックに勝る占いはない

信じるべきことは、悩み苦しみの原因は煩悩だということです。
自分で自分の欲・怒り・怠け・プライドなどの煩悩に気づくようにすることが大事です。
「欲・怒り・怠け・プライド」と心の中で一日に何回か念じてください。
自分の欲・怒り・怠け・プライドには、反省するように意識し、
他人のそれには、慈悲の眼差しで見守るような心持ちを意識してください。
欲は、「もっと○○したい、○○していたい」という煩悩です。
怒りは、「○○は嫌だ、むかつく、怖い、悲しい」という煩悩です。
占いに頼るのは、自分の頭で考えなくてよいから楽です。そこには、怠けの煩悩があるのかもしれません。
プライドは、自分を素晴らしいと思いたい煩悩です。そのために、今の自分を何かと比較して評価しようとします。他人と比べたり、過去の自分と比べたり。で、自惚れたり、落ち込んだり、変な習慣にこだわったりしちゃいます。
どんな占いよりも、自分の煩悩に注意するほうが当たります。
煩悩という鏡で自分を見て、自分の煩悩に気付き、煩悩を制御するように行動してください。

3年前

単に情報に振り回されているだけ

この心身の外の出来事や存在に振り回されているのでしょう。
この心身の内の思いや想像に振り回されているのでしょう。
坐禅をするというのは、外の出来事に動じないことを坐といい、内なる思いに動じないことを禅というのです。世間の坐禅はほぼ中身は無いと言ってもいいでしょう。
ちゃんとした中身のある所で、ところで指導を受けることです。
その見極めは、すわらせっぱの放置民では力になりません。
ちゃんと自分の、問題点を指摘してくれる指導者の居る所に行くことです。
あなたの実質は、あらゆる占いでネーミングされる以前に、ただ、ドーンと存在しているだけ。ただの人です。ただ、独りの存在です。
ものが見える、聞こえる、香りがある、味がする、感じる、あれこれ思える。
ただ、それだけです。それが誰でもの真実、今、ここ、おのれ、ただ、この事です。
そこに、あれこれ情報を重ねるから、混乱する。
仏教では、無明というのです。事実と、自分の妄想がごちゃ混ぜになって、インナー越しに世界を見ている状態です。
自分のインナーのフィルター越しに観るからこそ、善悪や好き嫌いが生まれる。
そりゃ当然でしょう。
だから、仏教や禅は、そのフィルターなしに、そのものをズバリ見る。情報に振り回される前の、本来の自分にズバリ出会う。
人間は、思想や思考によっては救われないのです。
人間は、事実をありのままにみることによってはじめて救われるのです。
故に、事実は一つであり、解釈が無限に存在するのです。
あなたは、今、自分の解釈で、苦しめられている。
自分の解釈以前の、ただの「只管の」そのままを、見出すことです。
それが禅です。
世界は常にTHIS IS ITです。
今からどのような事が起ころうが、思われようが、自分の解釈を入れずにLET IT BEさせてみてください。必ず思いが晴れて、一切の出来事も思いもLET IT GOされて、本当のありのままの自分に出会えるでしょう。
・ありのままというは ありのままということばもない
・無心というは 無という思いも 無きなり
意味が分からなければ坐禅会にお越しください。

3年前

質問者からの有り難し - お礼

願誉浄史様

ご教示ありがとうございます。
占いはさほど信じる質ではないのですがこれ程続いている時に今ダメな時ですと言われると弱さ故に無視できません。これも仰るように煩悩なのでしょうね。考えの基礎は仏にリンクするのに反比例して欲が深く業を深めてしまいます。
日常は経験やピンチはチャンスと思えるタイプと自負してますが
自ら感ずる時のように真に苦しい時にこその参考にさせて頂いて信念を貫く強さ?心の有り様をつかみたいと思います。

丹下覚元様

正に核心を突かれた思いです。
私は考え過ぎる性質で、それを自分で思慮深いとは思っていません。
それ故に仏教や禅の真似事に新たな自分を見い出そうとしています。
一度、教えを活かして振り返るのではなく前を見据えてみます。
それでも立ち往生してしまうようなら
教えを請いに伺わせていただくことに致します

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