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価値

回答数回答 2
有り難し有り難し 19

何回もまわりくどく、ご質問してしまいました。
ごめんなさい。
自分に価値を見出だせない。自分の心が弱いからかアホなのか。うまく言えないのですが、自分で自分に刃物を突きつけてるような、自分を脅迫しているような。
どうやって前に進めば良いのか何もかも分からないんです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

趣味は何ですか?

ぴょんこさんへ、こんにちは。

自分に価値を見出せないのですね。
それは残念です。人には必ず価値があります。私の文筆仕事の師は全身障害麻痺の方でした。腕一本だけがなんとか動くのでそれで文章を書いて仕事にした人でした。そんな自分を恨んだみたいですが、最後に悟ったことは生まれたからには必ずお役がある。人は必ず生き役がある。私もこんな体で生まれたかが一本だけ動く腕のおかげでたくさんの文章を書いて人に喜んでもらうことができた。みんな生きる価値があるんだ。と教えてもらいました。

ぴょんこさんも必ずあります。世界には多くのボランティアを必要としています。そこに参加するだけでもあなたは私以上の価値がすぐ生まれるんですよ。そうでなくても地域の掃除や、有償のお寺掃除だと小さなお寺は無理ですが、無償のお寺掃除だったら、多くのお寺が歓迎してくれますよ。もちろん、私のお寺も、泊まりこみOKです(笑)。

自分の価値は自分で見つけるしかありません。それを見つけるのが人生なのです。ただ食べて寝るだけではありません。ぴょんこさんを待っている場所、活躍できる場所はたくさんあるのです。後はぴょんこさんが一歩踏み出すだけです。

がんばって!私も応援します。合掌

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弱い気持ちを聞いてあげること

ぴょんこ様
こんにちは。拝見させていただきました。

自分に価値を見いだせない。自分の心が弱いから駄目なんだ。そんな気持ちの中で日々生きていくことはとてもつらいですよね。まずそんなぴょんこさんにお伝えします。

ここまで我慢して生きてこられましたね。辛かったでしょう。それでもあなたは生きてきました。それはとてもすごい事なんですよ。頑張りましたね。

なぜ価値が気になるのか。それは無理もないのです。この世の中は何かしらの価値で物事を判断するからです。ただそれは絶対ではありません。「苦しみは物事そのものではなく、その物事に対する解釈から生まれる」という言葉があります。とりあえず理解出来なくても知っておいてくださいね。例えば赤ちゃんは無条件で愛されて育ちます。ただ大きくなってくると、例えば両親が心に不安を抱えた人だったりすると、話しかけても聞いてくれないとか、愛されていると感じられないとか、何かを言うと否定されるなどの体験がすり込まれます。そうすると「何か価値を持たなければ、何かをしなければ愛される資格がないのだ」と「信じ込んで」しまうのです。ただ両親に心の余裕がなかっただけなのですが、親の権威は強いですから「愛されない自分が悪いのだ」と内向的な子は自分を責めます。外交的な子はいわゆる非行に走ります。どちらも奥底には「なんでわかってくれないよ!」という怒りがあり、更に底には「愛されたい、受け入れられたい」という弱い自分がいます。

他人のために気を遣っていることはありますか?「仕事は完璧にしなければ」「愛想良くしなければ」「誰かが嫌だと言ったら我慢する」など自分の本心を押し殺すとどんどんしんどくなります。

自分の大切な人をイメージしてみてください。心を許せる人ですね。優しいお顔の仏様でも良いです。そして自分自身に「仕事も時には力も抜いていいよ」「我慢もほどほどでいいよ」「愛されたかったよね」「わかってほしかったね」「つらかったね」と自分の心の「ねばならぬ」に許可を与えてあげてください。

今あるものにはすべて意味があり、無駄なものはひとつもないとお釈迦様は説かれました。お釈迦様はあなたにもちゃんと役割があり、意味があり、願いがある。そう見ておられます。ここまで生きてきたぴょんこさんは強い!それこそがもう価値なのです。大丈夫です。合掌

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御縁があって一般人からお坊さんになりました。現在は小さなお寺の住職をさせて...
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質問者からのお礼

有難い事に五体満足なので、みつけられるかもしれません。

けんじゅ様
有り難うございます。私の命が母親のお腹に宿った時から、いらない子でした。仕事も言葉使いも、そう、完璧。愛想よく振る舞って、明るく元気な女性。家でも外でも演じてきました。でも、それが崩れたとき私の居場所はなかった。今日の朝の出来事、夕飯時の出来事。朝の事は、今日のハスノハの人間関係→家族関係の中にあります。もう何もする気になれません。限界です

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ