愛犬の残酷な死。気持ちの整理の仕方
先日叔父が亡くなったと父から連絡がありましたが私は海外に住んでおり葬儀に出席することができませんでした。父の家系は複雑な事情があるようで叔父が亡くなった事は親戚には一切知らせず葬儀が行われたようです。
実家では犬を飼っています。その犬は前の飼い主に捨てられ迷い犬となり私たち家族が里親として迎え入れました。辛い事もあっただろうと家族全員たくさん愛情を注いできました。今回両親は葬儀に出席する為ペットホテルに預けたようです。そのホテルを利用するのは3度目でスタッフの方も信頼していました。事件はお通夜の日に起こりました。
母のところにペットホテルの方から連絡があり夕方の散歩中に野犬?猟犬?飼い犬かもわからぬ大型犬に愛犬が襲われ死んでしまったとの連絡でした。家族が家に戻ったとき愛犬は変わり果てた姿になっていました。スタッフの方もとっさのことで何もできなかったことを申し訳なく思っておりその後も真摯に対応してくださったようです。不慮の事故と言えば整理がつくのか、そのホテルの方を責めることもできませんが、残された家族はなんでこんな事にという思いでいっぱいです。散歩コースも真っ暗な所だったようで襲った犬がどんな犬種だったかもわからない様子でした。もっと明るい時間帯に散歩してくれればとかそもそも預けていなければ私が日本にいれば家族の誰かが愛犬のお世話をすることができたやこんな不幸な事が重なるなんて父の複雑な家庭環境で親戚に叔父の死を知らせなかった事によりご先祖様がお怒りになって大切にしていた愛犬を奪っていってしまったのかとか底知れぬ考えばかりが浮かんでしまいます。噛み殺されたなんてあまりにも残酷で愛犬が1人で苦しんで死んでいったかと思うと心が痛いです。たくさんの愛情を注いできたつもりでいましたがこんな死に方をして愛犬はうちにきて幸せだったのかと考えてしまいます。人一番可愛がっていた父はうちに来なかった方が良かったかも飼い主として失格だとかなり落ち込んでいます。家族が悲しみに沈んでいるとき私はすぐに会いに行くこともできず亡き骸にも会えませんでした。どこに気持ちを持っていけばいいのかどのように考えれば家族みんなの心が少し救われるのか、苦しんだ愛犬もどうしてあげることで安心するのか、私は海外にいながら何をしてあげることが愛犬の為になるのか悩みはつきません。
どうかご意見頂けたらと思います。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
生まれ方も死に方も選べない
すべての命は、生まれ方、死に方を選べません。
何に生まれるか、どんな環境に生まれるか、自分でチョイスできません。
光の無い深い海の底で深海魚として生まれたら、一生真っ暗な世界で生きることになります。
ウミガメの子として生まれたら、浜から海にたどり着く前に鳥の餌にされるかもしれません。
人に生まれたとしても、そこが毎日のように爆弾が降り注ぐ紛争地域だったならどうでしょう。
すべては、因と縁のなりゆきによって生まれ、また滅んでゆくもの、我々の思いによってどうにかできることは限られています。
悲しいけれど、成り行きにお任せしなければならないことがほとんどです。
愛犬の不条理な死は、ご家族の心に大変な遺恨を残されたことでしょう。
けれど、深い愛情に包まれて暮らした期間もあったのならば、そしてその死を悼み、泣いて下さる方々がいるのならば、決して不幸な一生だったわけではないと言えるはず。
いたづらに嘆き悲しむだけでは、供養になりません。
供養は思いやりの気持ちです。
ともに過ごした時間を想い、出会えたご縁に感謝しましょう。
そして、無心に手を合わせましょう。
私も一緒に手を合わせ、ご冥福を祈らせていただきます。
ナナセナさんの投稿を読んだ、ほかのお坊さん方も、きっと一緒に手を合わせて下さるはず。
みんなでご冥福を祈りましょう。
合掌。
質問者からのお礼
お礼が遅くなり申し訳ございませんでした。
ペットホテルの人に対して不信感が募ったり沸々と恨みや後悔の気持ちが出てきたとき何度も何度も読ませて頂きました。そうしているうちに少しだけ楽になってきました。まだまだ時間はかかるかもしれませんが、少しずつ整備して供養してあげれるようにしたいと思います。
ありがとうございました。