自分が醜い情けない嫌い
最近自分の何もかもが嫌で仕方ありません。
誕生日や年末年始、大事な試験の日に熱を出したり大事な書類の提出が遅れたり、部屋が散らかっていたことを母に叱られて(こんなボロい家片付けたところで何になる)と思ってしまったり、自分とは正反対のキラキラした女の子を見たりするとひたすら自分が情けなくなってしまう所が嫌いで仕方ありません。
どうしてあの子は恵まれた家庭で家族も仲がよくてそれで可愛い容姿をしているのにわたしときたらほんとに…なにもなくて醜い…こんな考えが頭にずっと貼り付いているのです。
自分に甘えて自分を誤魔化してでもそんな自分がほんとうに嫌いで…自分を好きになりたいからというより嫌いになればなるほど辛くて苦しかったので少しでも楽になりたいなと思い相談をしました。私は一体どこからなおしていけばいいのでしょうか…
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ゆっくりでいいので。
私はすべてツイていない、恵まれた家庭でもない....
だから、自分が醜いし情けない、何もない、そう思われてますね。
でも、すべてそれは家庭環境や運のせいにして逃げてる行為です。
周囲の環境が悪いから、今の悲惨な運命の自分がある・・・
というふうに自分を仕立て上げ、何かうまくいかないことがあれば、周囲のせいにしていませんか?
言い訳としてはカッコイイですが、、、
成長や努力のできる機会がどんどん失われていきます。
人は平等です。
文中にもあったキラキラした子。
れるさんはうらやましいと思っておられますが、、、
そのような人でも、悩みはありますし、劣等感も持っています。
彼女より、美人はたくさんおられるでしょうし、家庭のことも、れるさんの思い込みかもしれません。
また、誕生日には頭の上にネズミが落ちてきてるかも知れません。
どこからなおせばいいか?ということですが、、、
まず、うまくいかないことがあっても周囲のせいにせず、、
「じゃあどうすればうまくいくのかな?」と考えるクセをつけてください。
試験の時に熱が出た。じゃあ次は体調管理を完璧にしておこう。など。
次に、人と比較しても意味がない事を知って下さい。
あなたは例えば、可愛い容姿の人と比較すれば、どうしても自分はかなわないと判断してしまいますよね。
すると、この時点で優劣が決まってしまい、容姿だけの問題だったのが、人としても劣っていると「勘違い」を起こします。
そして、劣っている自分が嫌いになる。情けなくなる。
どちらが劣っているかなど、実際は分からないはずなのに。
人より何かが劣っていたとしても、そこに勝ち負けは、ありません。
しかし、劣っていることにコンプレックスを感じた時....負けになります。
比較も、誰かのせいにも100パーセント実行するのは不可能ですが、できることから始められてはいかがですか?
質問者からのお礼
返信が遅くなり申し訳ありません。
この一ヶ月自分を見つめ直してみました。
自分が思っていたより自分で自分の回りをよくしていく努力は難しいことではないことに気が付けました。
家庭のことや自分の事に対して努力する自分を好きになっていけるよう前向きに頑張ってみます。