回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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地獄は死後のことではないです。
人のことを傷つけたとします。
むやみに生き物を殺したとします。
盗みをしたとします。
不倫をしたとします。
婦女暴行をしたとします。
嘘をついたとします。
人を騙したとします。
酒や薬に溺れてやるべきことが出来なかったとします。
あなたは平気でしょうか。
あなたがしらを切ったとします。
心が苦しいはずです。
心が晴れないはずです。
シラを切っても後ろめたさが残るはずです。
尊敬する人の前で胸を張れないはずです。
人間はそういうふうに出来ているのですよ。
自分の本心を誤魔化すことはできない。
悪いことは確かにある。
誰もが嫌がる確かに悪いこと、良くないことがある。
そういう事をすると、心が地獄状態になるのです。
そういう心が地獄状態になることが悪いことなのです。
理屈や屁理屈をこえて、心が晴れやかでないこと。
小さな地獄は日々あなたの中で生じていることにちゃんと向き合ってください。
よそ事、人ごと、他人事にしていては、あなたがあなたの地獄に向き合えない、というお話です。
地獄とは、そういうことです。
自分の地獄に向き合えた人間、自身に向き合う力を持っている人間であれば、自然と仏道を歩まざるを得ないという事です。
拝読させて頂きました。
地獄はございます。
良い行いをして
悪い行いはやめましょう
そして自ら清い心で生きましょう
それが人の生きる道です
それが仏教です
そう生きることで地獄に行くことはなくなります
そして仏様と仏様の教えそして仏様の教えを信仰する方々を敬いましょう。
そして心からどうか私を救ってくださいと真心こめてお念仏おとなえください。
南無阿弥陀仏
必ずや仏様はあなたを救い仏様の国 西方極楽浄土に導いてくださいます。
そこでは一切の罪や苦しみも怒りや憎しみ恨みも消え失せてしまいます。
そしてあなたは仏様から教えを受けて仏となられます。
あなたが仏様のお導きをお受けなさり仏様の極楽浄土に往生なさって頂きます様にと心よりお念仏おとなえさせて頂きます。
南無阿弥陀仏
破地獄偈
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
回答させて頂いているこの日は、彼岸期間でございまして、終日、施餓鬼というご供養をお勤めさせて頂いておりますが、その際に読ませて頂くお経である「開甘露門」の冒頭に、「破地獄偈」というものが出て参ります。
「もし、三世の一切の仏を了知せんと欲せば、まさに法界の性は一切ただ心の造りしものと観ずべし。」
とございます。
この偈が、なぜ「地獄を破る」と言えるのか、長年、理解できずにおりましたが、最近になり、「そうか、地獄は、己が内にこそ、その原因があるから、それをまずは観なさい。そして、己が内なる心の問題に取り組みなさい」と言っているのであると気づきました。
地獄というものが、どこか別の世界に、異次元に何かあったとしても、いずれせよ迷い苦しむ(それを認識する)主体たる己が内なる心における迷い、苦しみ、無知無明(根本的な愚かさ)、悪業などによって(それらが根本的な原因となって地獄という世界を)顕現しているもの(を認識している)に過ぎないというものであり、それにまず気づき、しっかりと己が心の内にこそ、その問題の本質、取り組むべきことがあるとして、悟りへと向けて、仏の教えを学び修することに努め、つまり、心の内にある地獄(の原因)を見極めて、それを仏の教えにて破りなさいと述べているものであると考えております。
上記のことは、まさに丹下様もおっしゃられているように、「自分の(心の)地獄に向き合う」ということであり、しっかりとまず己が内の地獄に向き合うことから始めたいものでございます。
川口英俊 合掌