祖母に会えなかった

生まれ育った街から遠くに嫁ぎました。
娘を妊娠した年に祖母が他界。
妊婦だった私を心配し、母は祖母が他界した事を話してくれませんでした。

そのため、死に際と葬式にも祖母に最後のお別れが出来ませんでした。

私は本当におばあちゃんが大好きで、しょっ中遊びに行って、きっと親戚の孫の中で一番お世話になって我儘もかけたと思います。

祖母が身体を壊してからは、娘夫婦の所に引っ越してからほぼ会えずじまいでした。
結婚式に来てねとずっと昔から言ってたのに、遠くでやった事や介護が必要など色々あり呼べず約束を守れませんでした。
ひ孫の顔を見せてあげる事も出来ませんでした。

祖母の事を秘密にしてた母の事は、親心で気にかけてくれたのでしょうから、仕方ないと思ってますが、
祖母に対して色んな事をしてあげれなかった、会えなかった事を後悔する毎日です。
遠くなので、まだ御墓参りにも行けてません。次帰省した時こそ御墓参りには行こうと思ってます。

私は一生後悔して生きていくのでしょうか。
天国にいる祖母は私の事を許してくれるでしょうか。

支離滅裂な長文で申し訳ありません。
宜しくお願い致します。

身近な人の死
有り難し 6
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

光永寺

憲章

お祖母さんは一緒に居ますよ

ふみこ様こんばんは、遅くなりました。慣れない土地でご苦労も多いかと思います。そして大切なお祖母さまとお別れは本当にお辛いものとお察し申し上げます。まして最後のお別れが出来なかったことはなおさらに。こんなお話しがございます、今から5年ほど前に大法輪という雑誌に載せられた実話のお話しです。中学生のお子さんを亡くされたお母さんが毎日泣きお念仏を称えていました。中学生ということもあり遊ばず勉強をしなさいと励ましていた矢先の急死でした。こんなことならお子さんにもっと楽しい思い出を作らせてあげたかった、ごめんなさいと泣いていました。ある日いつものようにお子さんの位牌の前で泣きながらお念仏を称えているとお子さんの声が聞こえたそうです。「そんなに泣かないでお母さん、お母さんとまたこれから多くの楽しい思い出を一緒に創って行きましょう」と。お母さんはその声が本当にお子さんの声なのか、お子さんへの罪の意識から逃れたい一心での無意識の自分の声なのかわからず不安で菩提寺のお坊さんに相談されたそうです。お坊さんのお答えは「ご安心ください、その声はお子さんの声で間違いないですよ。そしてお子さんは成仏なさっていますよ」との答えでしたというお話しがありました。この実話のお話しに大事なことが2つあると思います。1つは確かにお声が亡くなられた人に届いていること、2つめは亡くなった人はあなたが想い願うときそばに来てくれるということです。そばにいてくれるからこそこれから多くの思い出を一緒に創る事も出来るのです。ですからふみこさん今の場所でお祖母さまを想い、話しかけるときその想いはお祖母さまに届いているものであり、ご家族と共に子育ても含め多くの良き思い出を創ってくださればそれはお祖母さまも一緒に多くの良き思い出を共にしてくださることなのですよ。そしてそれは何よりの恩返しですよ。あなたのお祖母さまへの想い、お祖母さまの可愛い孫のあなたへの想い、心と心は今も繋がっています。だから傍にいてくれますよ、そして仏さまもね。南無阿弥陀仏

7ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

回答ありがとうございます。

一緒に思い出を創っていく。この言葉に気持ちが楽になりました。もう会えないけれど、天国にいる心で繋がっている祖母とこれから一緒に思い出を創っていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

関連する問答
このページの先頭へ